コストプライシングは、価値起点の値決めに比べて保守的に見えやすく、「取りこぼしが多い」と批判されることがあります。それでも、原価を起点に価格を考えるという発想そのものは、現場から消えていません。
この記事が問いたいのは、なぜ消えなかったのかです。100年以上生き残ったのは、「原価に利益を足して価格を決める」という計算式そのものだったのか。それとも、各時代の転換点がその計算式を一度捨て、別の機能だけを次の世代へ引き継いできたのか。
私は、生き残ったのは計算式ではなく機能のほうだと考えています。提供を続けられる下限を原価で固定し、価格の根拠を説明可能にする——この2つの役割だけが、原価企画・ABC・透明性プライシングという転換点をくぐり抜けて残ってきました。出発点として原価を積み上げて価格を組み立てるという計算式そのものは、早くも1960年代の原価企画の時点で、本家である製造業の内部から否定されています。
コストプライシングの神髄やコストプライシングは「悪」なのか?でこのシリーズを書きながら、実務で機能し続けているのは計算式そのものではなく「下限」の部分ではないか、という見立てが強くなってきました。この記事は、その見立てを歴史の転換点で検証する試みです。
ただし断っておくと、ここで扱えるのは製造業の系譜から読める範囲の話です。限界原価がほぼゼロに近いソフトウェアやAIサービスでは、下限機能そのものが弱くなるため、同じ結論をそのまま当てはめることはできません。この境界については終盤で戻ります。
歴史をたどる前に、この記事で使い続ける言葉を2つ定義します。定義が曖昧なままだと、後半の「何が残り、何が消えたか」という議論が検証できなくなるためです。
出発点としての原価とは、原価を先に計算し、そこに利益を上乗せして価格を組み立てる計算式そのものを指します。
原価を計算する → 利益を上乗せする → 販売価格が決まる
下限(フロア)としての原価とは、価格をいくらに決めるにせよ、これを下回ると事業を続けられなくなる最低ラインを指します。出発点としての原価が「価格の作り方」だとすれば、下限としての原価は「価格の守り方」です。
もう一つ、この記事で繰り返し登場するのが原価企画(Target Costing)です。これは、出発点としての原価積み上げを逆転させ、価格を先に決めてから許容原価を逆算する手法を指します。
市場で成立する価格を決める → 目標利益を引く → 許容原価を置く
原価企画がなぜ現場で崩れやすいのか、詳しい仕組みはトヨタ式「原価企画」で扱っているため、本記事では歴史上の転換点としての位置づけに絞ります。
産業革命以前、製品の価格は主に需給バランスと職人の技術で決まっていました。職人が一つずつ手作りする工房では、原価を厳密に計算する必要がなかったからです。
18世紀後半のイギリスで始まった産業革命は、この前提を壊しました。
| 変化 | 工房生産 | 工場生産 |
|---|---|---|
| 生産量 | 少量 | 大量 |
| 製品種類 | 多品種 | 少品種 |
| 原価計算 | 不要に近い | 必須 |
| 価格決定 | 職人の裁量 | 体系的な計算 |
機械化により生産量が増えると、「この製品1個あたりの原価はいくらか」という計算そのものが必要になりました。これがコストプライシングの原点です。
ここで生まれたのは、まだ出発点と下限が未分化な、「原価計算そのもの」でした。原価を数字として把握できるようになっただけで、その数字を価格の作り方に使うのか、守り方に使うのかは、この段階ではまだ分かれていません。
出発点としての原価積み上げが最も勢いを持ったのは、1910年代から1920年代のアメリカです。
1913年、ヘンリー・フォードは「Model T」の製造にベルトコンベアを導入しました。標準化と規模の拡大によって、1台あたりの製造コストは大きく下がっています。
| 年 | Model T価格 | 出典 |
|---|---|---|
| 1908年 | $850 | Ford Motor Company |
| 1916年 | $360 | 同上 |
| 1924年 | $290 | 同上 |
原価を削減し、削減分を価格に反映し、低価格で市場を拡大し、規模の経済でさらにコストを下げる。フォードのこの流れはコストリーダーシップの原型であり、出発点としてのコストプラスがもっとも素直に機能した例だといえそうです。
ただし、この時期にもう一つ見ておくべきなのが、機能した条件のほうです。同じ1920年代、アメリカでは「標準原価」「実際原価」「原価差異」という3要素で原価を管理する標準原価計算が体系化され、化学大手デュポンはROI(投資利益率、利益 ÷ 投資額)を経営指標に導入して、そこから逆算するマークアップの考え方を広げました。フォードが原価を積み上げてそのまま価格に反映できたのは、需要が供給を上回り、作れば売れる市場だったからです。出発点としての原価積み上げがもっとも自然に機能したのは、この「供給が需要に追いつかない」条件下でだけだった、というのがこの時代を振り返っての見方です。
出発点としての原価積み上げが最初に否定されたのは、外部の批評家からではなく、製造業の内部からでした。
1960年代の日本で、原価企画が確立されていきます。
"Target costing was developed in Japan during the 1960s as a response to the extremely competitive environment."
「原価企画は1960年代の日本で、極めて競争の激しい環境への対応として開発された」
高度経済成長期の日本車は、アメリカ車と比較して価格競争力が課題でした。「原価を積み上げて価格を決める」という順序のままでは、市場が受け入れる価格を超えてしまう。この現実が、原価計算の順序そのものをひっくり返す動機になったと考えられます。
| 手法 | 出発点 | 目的 |
|---|---|---|
| 従来のコストプラス | 原価 | 利益の確保 |
| 原価企画 | 市場価格 | コスト削減の推進 |
ここで重要なのは、原価企画が原価計算そのものをやめたわけではない、という点です。捨てられたのは、原価から価格を組み立てるという順序だけでした。原価という数字自体は、今度は「守るべき下限(許容原価)」として、むしろ役割を強めています。出発点としての原価は否定されましたが、下限としての原価はこの転換点でむしろ生き延びた、という読み方ができます。
原価企画のあとに続いた2つの動きは、どちらも新しい発想の追加というより、「下限を正確に引く」「下限を説明材料として使う」という、すでにあった機能の精度を上げる方向の進化だったと見ています。
1980年代、ハーバード・ビジネススクールの研究者たちがABC(活動基準原価計算)を提唱しました。従来は製造量で按分していた間接費を、活動ごとに細かく把握する手法です。これによって、下限としての原価――どこまでのコストを回収すべきかという線――の精度が上がりました。ABCが変えたのは価格の決め方ではなく、下限を引くための原価計算の解像度だといえそうです。
2010年代以降には、原価を公開する透明性プライシングが登場します。Everlaneは原価の内訳を消費者に公開し、上乗せ分の妥当性を説明する形で価格への納得感を作っています。ここで原価は、下限を守るための内部の数字から、価格を説明するための対外的な材料へと役割を広げました。方向は逆向きですが、これも「下限・説明」という同じ機能の系譜の上にあると私は見ています。
ここまでの転換点を、年表としてではなく「何を解こうとしたか」と「次の時代に何を引き継いだか」の2列で並べ直すと、この記事の問いに対する答えが見えてきます。
| 手法・時代 | 解こうとした問題 | 次代へ引き継いだ機能 |
|---|---|---|
| 標準原価計算(1920年代) | 製品1個あたりの原価をどう計算するか | 原価計算という手続きそのもの |
| フォード式コストリーダーシップ | 規模拡大期にどう価格を下げ市場を広げるか | 出発点としての原価積み上げ(「作れば売れる」条件付き) |
| 原価企画(1960年代) | 市場価格に負けない原価をどう作るか | 出発点の反転。下限(許容原価)を先に固定するという発想 |
| ABC(1980年代) | 間接費をどう正確に配賦するか | 下限を引く精度 |
| 透明性プライシング(2010年代〜) | 顧客に価格の妥当性をどう説明するか | 原価を対外的な説明材料として使う機能 |
こう並べ直すと、100年を生き延びたのは「原価に利益を足す」という一番シンプルな計算式ではないことが分かります。その計算式は、最初の大転換点である原価企画の時点で、本家の製造業からすでに順序を否定されているからです。生き残ったのは、提供を続けられる下限を原価で固定し、その根拠を説明可能にするという、もっと地味な2つの機能のほうだったと私は見ています。
ただし、この読み方には境界があります。ここまでの話が成立するのは、原価の中に変動費が一定以上の重みを持つ商材の話です。追加ユーザーや追加利用にかかる原価がほぼゼロに近いソフトウェアやAIサービスでは、下限を原価で引くという機能そのものが働きにくくなります。AIサービスの価格設計で扱ったように、AIサービスでは原価が増える単位(トークン数や処理回数)と、顧客が価値を感じて予算をつける単位がそもそも一致しません。何を「原価」として数え、どこに下限を引くかの合意自体が難しいのです。100年生き残ったのは機能のほうだ、というこの記事の結論は、この境界の外側では素直には通用しないと考えています。
自社の原価計算が、実際には何の役割を担っているのかを、一度切り分けてみてほしいと思っています。価格を組み立てる「出発点」として使っているのか、それとも提供を続けられる「下限」を守るために使っているのか。多くの現場では、この2つが同じ計算式の中でなんとなく混ざったまま運用されています。
コストプライシングが「時代遅れ」だと批判されるとき、批判が当たっているのは大抵、出発点としての使い方のほうです。下限としての使い方まで一緒に捨てる必要はない、というのがこの記事を書きながら私が持ち帰った考えです。
コストプライシング シリーズ
概念を理解する
自社に適用する
成功事例に学ぶ