「競合は誰ですか」と聞かれて、多くの担当者はその場で3社ほど名前を挙げられます。プロダクトマネージャーもマーケティング担当も、カテゴリと機能で競合を分類する訓練を受けているからです。
問題は、そのリストの正しさではありません。社内が挙げる競合リストと、顧客が値段を決める瞬間に実際に比べている相手は、しばしば一致しないということです。ずれたまま価格を決めると、比較されてもいない相手に勝つための価格差を用意することになり、失注は減りません。
この記事が答えたい問いは、このずれがなぜ起きるのか、そして利用前ツール・商談での比較言及・失注理由という顧客側の証拠で、そのずれをどう検出し、競合マップを仮説から確定に変えて価格判断に渡すか、です。
このシリーズの第1回、競合ベースプライシングは、どこまで相場に合わせ、どこから外すべきかでは、相場にどこまで寄せ、どこから外すかという境界線の引き方を扱いました。ただしあの判断は、比較対象の価格を正しく知っていることが前提です。誰の価格と比べているかがそもそもずれていれば、境界線を引く作業は空転します。だから境界線の話の前に、競合集合をどう確定させるかを先に書く必要があると考え、この記事を書いています。
議論の前に、2つの言葉を分けておきます。
売り手の競合とは、社内が製品カテゴリと機能の近さから挙げるリストです。プロダクトマーケティングや事業企画が作る競合マップは、たいていここから出発します。
顧客の参照先とは、購買を決める場面で顧客が実際に比べた選択肢です。同じカテゴリの製品とは限りません。別カテゴリの製品、手作業、外注、そして「今のまま変えない」という現状維持も含まれます。
当ブログのEVC分析の記事では、参照価値を「顧客が実際に比べている次善の選択肢の価値」と定義し、参照価値は売り手が指定できるものではないと述べています(EVC分析とは?)。競合の定義も同じ構造を持ちます。競合集合を決めるのは売り手のカテゴリ認識ではなく、顧客の参照先です。
直接競合・間接競合・代替手段という3層は、この記事で新しく作る分類ではありません。顧客の参照先が実際に落ちる場所を、カテゴリの近さで並べた分類だと考えてください。
直接競合は、同じカテゴリで同じ顧客層を狙う製品です。顧客が「どちらにしようか」と比較検討する対象がここに入ります。間接競合は、異なるカテゴリだが同じ課題を解決する製品です。顧客は「同じカテゴリか」ではなく「この課題を解決できるか」で選ぶため、カテゴリの外から競合が現れます。代替手段は、製品を使わない選択肢です。Excelや手作業、そして最も見落とされやすい「何もしない」という現状維持が、ここに入ります。
3層のどこにどれだけ競合がいるかは、カテゴリごとに違います。重要なのは層の名前ではなく、この分類が顧客の参照先の在り処を整理するための道具であって、社内の思い込みを確定させるための道具ではない、という前提です。
社内の競合リストと顧客の参照先がずれる理由は、主に2つに絞れます。
カテゴリで絞りすぎること。 Notionの競合をEvernoteだけに絞ってしまうと、Google DocsやFigma(ドキュメント用途)、Excel、紙のノート、そして「何もしない」という代替手段が視界から消えます。下の表は、Notionを例にした参照先の広がりです。
| 層 | 参照先の例 |
|---|---|
| 直接競合 | Evernote、Confluence、Obsidian、Coda |
| 間接競合 | Google Docs、Figma(FigJam)、Miro |
| 代替手段 | Excel、紙のノート、そして「何もしない」 |
この表がずれの実例として示しているのは、直接競合だけを見ている限り失注理由の半分は説明できないままだということです。間接競合や代替手段との比較で負けている案件は、直接競合を叩いても減りません。
市場が動くこと。 競合の定義は一度作って終わりではありません。2016年時点ではSketchとAdobe XDの2強という構図でしたが、2020年時点までにFigmaがシェアを急拡大させ、2022年にはAdobeがFigmaの買収を発表しています(この買収は後に断念されました)。数年のうちに「デザインツールの直接競合は誰か」という問いの答えが入れ替わった例です。
競合の定義は固定ではなく、市場が動くたびにずれます。どれくらいの頻度で見直すかは、後の節でトリガーとして具体化します。
顧客の参照先のうち、最も見落とされやすく、最も手強いのが「何もしない」、つまり現状維持です。現状維持が選ばれる理由は3つあります。ひとつは新しいツールの学習やデータ移行という変化のコストです。もうひとつは「今のやり方で問題ない」というリスク回避の心理です。最後は、他に優先すべき課題があるという優先度の問題です。
現状維持に競合として負けるとき、価格を下げても効果は限定的です。当ブログのEVC分析の記事は、参照価値から自社案へ移るときにだけ発生するコストを「切替負担」と呼び、差分価値とは別に扱うべきだと述べています(EVC分析とは?)。現状維持が参照先になっている顧客にとって、価格差は正の差分にすぎず、切替負担という負の側面は消えません。価格を下げるほど正の差分は大きくなりますが、切替負担がそのまま残っていれば、差し引きした後の価値は思ったほど動きません。「何もしない」に勝つには、価格そのものより、切替負担を下げる打ち手、無料トライアルや移行支援、段階的な導入のほうが効きます。
当ブログのEVC分析の記事は、負の差分を移行作業・教育・定着・契約整理の4項目に分けて表に置いています(EVC分析とは?)。この4項目に、直前で挙げた「何もしない」への対抗策(無料トライアル・移行支援・段階的な導入)をひとつずつ突き合わせると、噛み合う組み合わせと噛み合わない組み合わせがあることが見えてきます。移行支援は移行作業(データ移行、権限整理)に直接効きます。段階的な導入は、定着(一時的な生産性低下、並行運用)の負担を時間的に分散させる形で効きます。一方、無料トライアルが軽くするのは契約前に確かめられないことへの不安であって、教育や契約整理の負担そのものを減らすわけではありません。4項目のうち、教育と契約整理には、この3つの対抗策のどれも直接には届いていません。価格を下げるという打ち手も、この4項目のどれにも直接は効きません。「何もしない」に競合として負ける商談で価格提案がとりわけ効きにくいのは、この噛み合わせの隙間のためだと考えています。
競合を可視化する最初の一歩は、価格×機能マトリクスです。縦軸に価格、横軸に機能数または機能の深さを取り、競合と自社をプロットします。
ただし、このマトリクスが示すのは仮説です。誰をどこにプロットするかは社内の認識次第で変わります。実際にプロットしてみると、この違いがよくわかります。Notionの公式プライシングページ(notion.so/pricing)では有料プランがPlusとBusinessの2段構成、Atlassianの公式プライシングページ(atlassian.com/software/confluence/pricing)ではConfluenceの有料プランがStandardとPremiumの2段構成になっています(通貨表示・課金サイクル・単価は地域や時期によって変わるため、実際にプロットする際は必ず最新の公式表示を確認してください)。価格帯だけを見ればNotionとConfluenceは近い位置に並びますが、Confluenceは文書管理と社内Wikiに寄った機能構成、Notionはデータベースとページを横断する汎用ワークスペースに寄った機能構成です。同じ価格帯にいるからといって、顧客が同じ理由で比較しているとは限りません。
マトリクスだけでは、この仮説が正しいかどうかはわかりません。仮説を確定に変えるには、顧客側の証拠が3ついります。
1つ目は、利用前ツールです。顧客インタビューで「当社の製品を検討する前、何を使っていましたか」「もし当社の製品がなかったら、何を使いますか」と尋ねると、想定していなかった間接競合や代替手段が返ってきます。
2つ目は、商談やRFP(提案依頼書)での比較言及です。顧客インタビューで「当社と比較検討した製品は何ですか」と尋ねた答えに加え、B2B SaaSではRFPに比較対象として挙げられている製品名、要件として求められている機能、示唆される価格レンジが、顧客が実際に何と比べているかを教えてくれます。
3つ目は、失注理由です。「価格」とだけ記録された失注理由は、実は「現状維持」や「別カテゴリの製品」への敗北を隠していることがあります。失注理由を競合名または参照先の種類まで分解して記録することが、3つ目の証拠になります。
この3つの証拠がそろって初めて、社内のマトリクスは仮説から確定した競合マップに変わります。逆に言えば、この3つの証拠がそろわない競合マップは、何回作り直しても仮説のままです。証拠を集めて統合する役割は、営業・カスタマーサクセス・プロダクトの情報を横断できる部門、多くの場合はプロダクトマーケティングか事業企画が担うのが現実的です。
確定した競合マップも、永久には確定していません。見直すタイミングは、四半期ごとの定期レビューに加えて、新規参入プレイヤーの登場、既存競合の価格改定、自社製品の大型アップデートという3つのトリガーで随時行います。
| タイミング | トリガー |
|---|---|
| 四半期ごと | 定期レビュー |
| 随時 | 新規参入プレイヤーの登場 |
| 随時 | 既存競合の価格改定 |
| 随時 | 自社製品の大型アップデート |
トリガーが来るたびに、3つの証拠(利用前ツール・商談やRFPでの比較言及・失注理由)を取り直してください。マップの見た目を変えるだけでは、確定は更新されません。
ここまでの整理をレバーとして抜き出すと、2つに絞れます。1つは、売り手の競合と顧客の参照先を分けて、3層構造を参照先が落ちる場所の分類として使うレバーです。もう1つは、利用前ツール・商談やRFPでの比較言及・失注理由という3つの証拠で、仮説を確定に変えるレバーです。
私は、競合の定義を社内の議論だけで確定させることに反対です。競合集合を決めるのは売り手のカテゴリ認識ではなく顧客の参照先であり、社内で作った3層構造のマップは、この3つの証拠が取れるまであくまで仮説だと考えています。この立場は、商談ログや失注理由が取れるB2B SaaSを前提にしています。購買記録の残らない低単価のB2Cでは別の検出方法が必要になるはずで、そこはこの記事の範囲外です。
競合集合が確定すれば、次にやるべきことは競合の価格そのものを集めて記録することです。その進め方は、競合価格リサーチの進め方で扱っています。
競合ベースプライシング完全ガイド
回 タイトル 1 競合ベースプライシング入門 2 競合の定義(この記事) 3 競合価格の調査方法 4 競合ベース戦略の5パターン 5 ポジショニングと価格の単位 6 ゲーム理論で読む競合の反応 7 価格決定権は誰が持っているか 8 競合ベースを超えて