この記事の要約
GTM(Go-To-Market)戦略の定義から、2026年のBtoB市場で実際に機能する3つのアプローチ(インテントセールス・GTMエンジニアリング・顧問ネットワーク)まで。日本市場の構造的特徴を踏まえ、EDINET・gBizINFO・顧問ネットワークを活用したハイブリッド型GTMの全体像を提供する。
SFA(営業支援ツール)を入れた。MA(マーケティング自動化ツール)も入れた。インサイドセールス組織も立ち上げた。それなのに、パイプラインが増えない。
展示会で名刺を200枚集めた。フォローメールを送った。返信は3件。テレアポを1日100件かけた。アポが取れたのは1件。結局、部長が「あの会社の専務、知り合いだから紹介するよ」と言った案件が一番あっさり決まった。
全員が自分の仕事はしている。なのに会社として売上が伸びない——この構図に心当たりがあるなら、問題はツールでも人数でもない。GTM(Go-To-Market=市場投入)戦略が不在なのだ。
GTM戦略とは、「製品を市場に届け、売上を生む仕組みの設計図」である。マーケティング施策の一部として語られることが多いが、2026年の今、AI・データ・自動化の力でGTMの実行方法は根本的に変わった。にもかかわらず、日本語のGTM戦略ガイドは「ターゲティング→ポジショニング→チャネル選定」という教科書的な一般論で終わっているものがほとんどだ。
本記事では、その先にある3つのアプローチ——インテントセールス、GTMエンジニアリング、顧問ネットワーク——を統合的に位置づけ、日本市場のBtoB企業が今すぐ使える「GTM戦略の全体像」を提供する。
本記事の表記について
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| GTM戦略 | 製品を市場に投入し、売上を生むための包括的な戦略設計 |
| マーケティング戦略との違い | GTMは「何を・誰に・どうやって」の実行計画。マーケ戦略はその上位概念 |
| 2026年の変化 | AI・インテントデータ・GTMエンジニアリングの台頭 |
GTM戦略の全体像——3つのアプローチの統合GTM(Go-To-Market)戦略とは、製品・サービスを市場に投入し、売上を生む仕組みを設計するための包括的な戦略である。「マーケティング」の一部と思われがちだが、GTM戦略は以下の3つの問いに答える部門横断の実行計画だ。
重要なのは、この3つが「戦略」として統合されている点だ。マーケがリードを渡し、営業がアポを取り、CSが解約を防ぐ——各部門が個別に最適化を図る「分業モデル」では、全体のパイプラインは増えない。GTM戦略は、この分業の壁を超えて「売上を生む仕組み」を一枚の設計図として描く。
ケース1: 新製品のローンチ
市場に出す前にターゲット・チャネル・メッセージングを設計する必要がある。SaaS企業の場合、PMF(Product-Market Fit=製品と市場の適合)の検証段階で既にGTM戦略が動いていなければならない。プロダクトが完成してから営業を考え始めるのでは遅い。
ケース2: 新市場への参入
既存製品を別の業界・地域に展開する際、既存のGTMをそのまま持ち込めないケースがほとんどだ。たとえば、日本のSaaS企業が海外展開する場合、国内では有効だった展示会やセミナーが機能しない。逆に、米国で機能するLinkedIn×コールドメールのGTMは、日本ではLinkedIn普及率の低さから成立しない。
ケース3: 既存事業の成長停滞
「SFA/CRM/MAを導入したが、パイプラインが増えない」——この状態は、ツール導入がGTM戦略の代わりになると誤解した結果だ。ツールは実行手段にすぎない。「誰に・何を・どうやって」の設計が不在のまま実行手段だけを入れても、成果にはつながらない。
| GTM戦略 | マーケティング戦略 | 事業計画 | |
|---|---|---|---|
| スコープ | 特定製品の市場投入 | ブランド全体の長期計画 | 会社全体の成長計画 |
| 期間 | 3-12ヶ月 | 1-3年 | 3-5年 |
| 関与部門 | 営業・マーケ・プロダクト・CS | 主にマーケティング | 経営・全部門 |
| 成果指標 | パイプライン、受注率、ARR | 認知度、リード数、ブランド価値 | 売上、利益、時価総額 |
| 更新頻度 | 月次〜四半期 | 半期〜年次 | 年次 |
GTM戦略は、事業計画の「実行層」であり、マーケティング戦略の「具体化」だ。中間レイヤーとして、上位の方針を現場の行動に翻訳する役割を担う。
ここまでの定義を踏まえると、次に浮かぶ疑問は「なぜ自社のGTMは機能していないのか」だろう。その原因は、多くの日本企業が「2020年以前のGTM」を無自覚に引きずっていることにある。
日本語で「GTM戦略」を検索すると出てくる記事の多くは、以下のフレームワークを紹介している。
これ自体は正しい。しかし、このフレームワークは2020年以前のGTMを前提にしている。2026年の現実は3つの点で大きく変わった。
従来は「業界×企業規模×役職」でリストを作り、上から順にアプローチしていた。展示会で名刺を集め、帝国データバンクで企業情報を調べ、テンプレートメールを送る。問題は、「今、自社製品を必要としている企業」が分からないことだ。
2026年のGTMでは、インテントデータ(購買意図を示す行動データ)や公開データベース(EDINET、gBizINFO等)を使い、「今まさに課題を感じている企業」を特定してからアプローチする。3万件のリストから4,000件に絞り込む精度が、成果の分水嶺になる。
従来はSDR(Sales Development Representative=インサイドセールス担当者)が1件ずつ電話をかけ、メールを書き、CRMに入力していた。しかし2026年のGTMエンジニアリングでは、データ収集→パーソナライズ→送信→CRM更新を自動化のパイプラインとして構築する。
Clayという米国のデータスタートアップ(評価額$3.1B=約4,650億円)が2023年に提唱したGTMエンジニアリングの概念は、「SDR 3人分の生産性を1人で実現する」と議論されている。
ある施策が成果を出しても、競合が同じ手法を真似すれば優位性は消える。ClayはこれをGTMの第2法則「優位性は一時的(Alpha is Fleeting)」と呼ぶ。つまり、GTM戦略は「一度作れば終わり」ではなく、常に更新し続ける必要がある。
従来のGTMと2026年のGTMの違いこの3つの変化が同時に起きたことで、GTM戦略の「実行方法」そのものが多様化した。次章では、2026年の日本市場で実際に機能する3つのアプローチを整理する。
従来のGTM戦略ガイドが見落としている最大のポイントは、GTMの「実行方法」が複数存在することだ。日本のBtoB市場で機能するアプローチは主に3つある。
3つのGTMアプローチ比較| アプローチ | 概要 | 代表ツール | 強み | 弱み | 適する企業 |
|---|---|---|---|---|---|
| インテントセールス | 購買シグナルでアプローチ先を特定 | Sales Marker, 6sense | タイミングの精度 | データ精度の課題 | 中堅〜大手(月額50万円〜) |
| GTMエンジニアリング | データ×AIで売上システムを自動化 | Clay, Apollo | スケーラビリティ | 技術力が必要 | スタートアップ〜中堅 |
| 顧問ネットワーク | 関係性ベースの日本型GTM | 顧問バンク, TAKUWIL | 商談成立率の高さ | スケールしない | エンタープライズ向け |
重要なのは、この3つは排他的ではないということだ。最も効果的なのは、複数のアプローチを組み合わせた「ハイブリッド型GTM」である。
インテントセールスとは、顧客の購買意図(インテント)を示すデータを活用し、「今まさに検討中の企業」にアプローチする手法だ。日本ではSales Markerが最も認知されている。
仕組み: 企業のWeb上の行動データ(特定キーワードの検索頻度、自社サイト閲覧履歴、業界ニュースの閲覧パターン等)を収集・分析し、購買意図が高まっている企業をスコアリングする。
メリット: 「タイミング」の精度が飛躍的に向上する。従来は「いつか必要になるかもしれない企業」に片っ端からアプローチしていたが、インテントセールスでは「今まさに必要としている企業」に絞り込める。
日本での課題: サードパーティ(第三者)のインテントデータの精度問題がある。海外のReddit r/salesでは「ZoomInfoのインテントデータは全く使えなかった」「6senseは社内の全員が嫌っていた」という声が少なくない。日本のSales Markerについても、データのカバレッジと精度は検証が必要だ。
→ 詳細: インテントセールスとは?Sales Marker・FORCAS・6senseの実力と限界
GTMエンジニアリングとは、データ・AI・自動化を活用して、売上を生むシステムそのものを設計するアプローチだ。2023年にClayが提唱し、海外では求人数が前年比205%増と急拡大している。
仕組み: GTMエンジニア(Go-To-Marketエンジニア)が、公開データの収集→ターゲット絞り込み→パーソナライズされた営業メッセージの作成→送信→CRM更新→成果の計測までを、自動化パイプラインとして構築する。
具体例: あなたの会社がセキュリティソフトを売っているとする。GTMエンジニアは以下のように動く。
公開情報の組み合わせで「今まさに自社製品を必要としている企業」を特定する。これがGTMエンジニアリングの核心である。EDINETもgBizINFOもAPIは無料で公開されている。
日本での課題: GTMエンジニアリングは技術力が必要だ。Clay操作ができるだけでは「Clay operator」にすぎない。戦略設計→リスト作成→コピーライティング→技術実装→運用改善の全工程を担える人材は、日本にはまだほとんどいない。
→ 詳細: GTMエンジニアとは?「SDR 3人分」は本当か
業界経験豊富な顧問の人脈を活用して商談機会を創出する、日本固有のGTM手法である。「顧問営業」は全営業関連キーワードの中でも群を抜いてCPC(クリック単価)が高く、企業が高額を支払ってでも情報を得たい領域だ。これは、日本のBtoBにおいて「誰からの紹介か」が商談成立に決定的な影響を与えることを示している。
仕組み: 顧問紹介会社を通じて、ターゲット企業の意思決定者とつながりを持つ元役員や業界有力者と契約する。顧問が紹介先企業に「この会社のサービスは使う価値がある」と推薦し、商談の場を設定する。
メリット: 紹介経由の商談はアポ率・成約率が段違いに高い。「知らない会社からの飛び込み」と「信頼する人からの紹介」では、初回面談の温度感がまったく違う。特にエンタープライズ(大企業)向けの高単価商材では、顧問紹介が最も効率的なチャネルになることが多い。
限界: スケールしない。1人の顧問が持つ有効なコネクションは限られており、月に紹介できる企業数には上限がある。加えて、顧問の「力量」はデータ化できないため、品質のばらつきが大きい。
ハイブリッドの可能性: データで「誰に会うべきか」を特定し、顧問ネットワークで接点を作る——このハイブリッド型GTMは、日本市場で最も高い投資対効果を出せるアプローチになり得る。
→ 詳細: 日本のBtoB営業はなぜ「顧問頼み」なのか?データ × 関係性のハイブリッドGTM
| 判断基準 | インテントセールス | GTMエンジニアリング | 顧問ネットワーク |
|---|---|---|---|
| 年間予算 | 600万円〜 | 200万円〜(ツール費用) | 月額30-50万円/人 |
| 社内の技術力 | 不要(SaaS型) | 必要(API/自動化) | 不要 |
| ターゲット企業数 | 1,000社以上 | 100-10,000社 | 10-50社 |
| 商材単価 | 中(年額100万円〜) | 低〜中 | 高(年額500万円〜) |
| 立ち上げ期間 | 1-2ヶ月 | 3-6ヶ月 | 2-4週間 |
| スケーラビリティ | 中 | 高 | 低 |
スタートアップならGTMエンジニアリング(低コスト・高スケール)から始め、エンタープライズ向け高単価商材には顧問ネットワークを併用する。中堅以上でデータ基盤がある企業はインテントセールスを加える——この順序が現実的だ。
3つのアプローチが分かったところで、次は「自社のGTM戦略をどう設計するか」の具体的な手順に入る。
GTM戦略設計の5ステップここからは、実際にGTM戦略を設計する手順を5段階で解説する。重要なのは、これが「一度作って終わり」のドキュメントではなく、月次で更新し続ける実行計画であるという点だ。
ICP(Ideal Customer Profile=理想の顧客像)は、GTM戦略の出発点だ。従来は「業界×企業規模×役職」の3軸で定義していたが、2026年のICP設計はより多次元になっている。
| ICP要素 | 従来の定義 | 2026年のGTMエンジニアリング時代の定義 |
|---|---|---|
| 企業属性 | 業界・従業員数・売上規模 | + テックスタック・資金調達状況・組織変更 |
| 課題 | 推測・仮説ベース | 有報リスク記述・インテントデータ・求人情報 |
| タイミング | 不明(「いつでもいい」) | 購買シグナル・予算策定期・組織変更直後 |
| キーパーソン | 部署名レベル | LinkedIn(海外)/ 顧問紹介(日本) |
実践のポイント: ICPは1つに絞らない。Clayが提唱する「Message-Market Fit」の考え方では、ICPごとに5パターン以上のメッセージを用意し、A/Bテストで検証する。仮説を1つに賭けるのではなく、複数の仮説を同時に走らせるのがGTMエンジニアリングの基本姿勢だ。
具体的なシナリオ: 製造業向けSaaSの場合
製造業の中堅企業向けに生産管理SaaSを売る場合を考える。従来のICP設計なら「従業員300名以上・製造業・情報システム部長」で終わるが、GTMエンジニアリング時代の設計は以下のように多次元化する。
この3つが重なった企業が「今まさに自社製品を必要としている理想の顧客」になる。
日本企業がICPに含めるべき独自データ:
Message-Market Fitとは、ターゲット顧客の課題と自社の提案が「言語レベルで」一致している状態を指す。製品が優れていても、メッセージが顧客の言葉と乖離していれば響かない。
ありがちな失敗: 「弊社のAIソリューションが営業効率を30%改善します」——このメッセージは、自社製品の機能を説明しているだけだ。顧客は「30%改善」に興味があるのではなく、「毎週月曜の朝、先週の商談報告を手作業で集計する2時間をなくしたい」と思っている。
Message-Market Fitの3条件:
実践のコツ: 最初のメッセージが正解である可能性は低い。GTMエンジニアリングでは、ICPごとに5パターン以上のメッセージを作成し、A/Bテストで反応率を比較する。最初の1ヶ月は「メッセージの探索期間」と割り切り、少量の送信で仮説検証を繰り返すのが定石だ。
チャネル選択は、GTM戦略の成否を分ける最も重要な判断の一つだ。特に日本市場では、米国型のチャネル戦略をそのまま持ち込めないケースが多い。
| チャネル | 米国での有効性 | 日本での有効性 | 理由 |
|---|---|---|---|
| コールドメール | ★★★★★ | ★★★☆☆ | 日本は開封率が低く、パーソナライズへの期待が高い |
| LinkedIn DM | ★★★★★ | ★☆☆☆☆ | 日本のLinkedIn普及率が極めて低い |
| 顧問紹介 | ★☆☆☆☆ | ★★★★★ | 「誰からの紹介か」が商談の温度感を決定 |
| セミナー/勉強会 | ★★★☆☆ | ★★★★★ | 対面での信頼構築が日本では特に効く |
| インテントデータ活用 | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | データ精度に課題があるが、改善傾向 |
| 展示会 | ★★☆☆☆ | ★★★☆☆ | 名刺交換文化が根強い。フォローの設計が鍵 |
| Webコンテンツ | ★★★★☆ | ★★★★☆ | SEO/AEOで中長期のリード獲得に有効 |
日本で特に有効な組み合わせ:
営業プロセスは「リード獲得→育成→商談→成約→拡大」の流れを設計するフェーズだ。ここで重要なのは、各フェーズの「接続点」を設計することである。
日本企業で頻出する3つの断絶:
断絶1: マーケ → インサイドセールスの壁
マーケが月200件のリードを渡す。インサイドセールスは「質が悪い」と放置する。この断絶は、ICP定義とリードスコアリングの基準が共有されていないことから生じる。GTM戦略では、マーケとインサイドセールスが同じICPスコアリング表を使い、「何点以上のリードを何時間以内にコールする」を合意しておく。
断絶2: インサイドセールス → フィールドセールスの壁
インサイドセールスが設定した商談を、フィールドセールスが「温度感が低い」と後回しにする。これは、商談設定の「品質基準」が曖昧なために起こる。GTM戦略では、BANTやMEDDICの基準をチームで合意する。
BANTとは、商談の確度を測る4つの基準だ。
MEDDICはBANTをさらに深掘りした、エンタープライズ営業向けのフレームワークである。
「BANTの4項目中3項目以上が確認済みの商談のみフィールドセールスに渡す」というルールを設けるだけで、断絶2の問題は大幅に改善する。
断絶3: 新規営業 → カスタマーサクセスの壁
新規獲得に全リソースを投下し、既存顧客のアップセル・クロスセルが放置される。しかし、NRR(Net Revenue Retention=売上維持率)が100%を超える企業と下回る企業では、3年後のARR(年間経常収益)に数倍の差が出る。GTM戦略には、新規と既存のリソース配分を明記すべきだ。
GTM戦略は「作って終わり」ではない。Clayが提唱するGTMの第2法則——「優位性は一時的(Alpha is Fleeting)」——が示す通り、ある施策で成果が出ても、競合が同じ手法を真似すれば優位性は消える。
計測すべき5つの指標:
| フェーズ | 指標 | 計測方法 | 判断基準 |
|---|---|---|---|
| 認知 | ターゲット企業のサイト訪問率 | GA4/インテントツール | ICP企業の訪問が月次で増加 |
| 関心 | リード獲得数・コンテンツDL数 | HubSpot/Salesforce | チャネル別のCPL(リード獲得単価)を比較 |
| 検討 | 商談設定率・デモ依頼率 | CRM | SDR/GTMエンジニアのチャネル別転換率 |
| 購買 | 受注率・販売サイクル日数 | CRM | チャネル別・ICP別の受注率を比較 |
| 拡大 | NRR・LTV | CRM/BI | 120%以上を目標。100%未満はバケツに穴がある |
フィードバックループの設計:
月次のGTMレビューで以下を確認する。
5段階のフレームワークを設計できたとしても、日本市場には独自の「落とし穴」がある。次章では、日本のBtoB特有の構造を押さえておく。
日本のBtoB市場には、米国とは異なる構造的特徴がある。GTM戦略を設計する際、これらを無視して海外の手法をそのまま持ち込むと失敗する。
米国のGTMエンジニアリングはLinkedInの個人データ(役職・経歴・投稿・つながり)が前提だ。Clay、Apollo、ZoomInfoといったツールはすべて、LinkedIn上の個人プロフィールをデータソースとしている。
日本ではLinkedInの普及率が極めて低い。つまり、「企業」のデータはあっても「人物」のデータがない。Sales Markerは「人物データ」「組織・部署データ」の提供を謳っているが、カバレッジはまだ限定的だ。
日本での代替アプローチ:
「顧問営業」のCPCが全営業関連キーワードの中で群を抜いて高いことは、日本のBtoBにおいて「誰からの紹介か」が商談成立に決定的な影響を与えることを数字で裏付けている。
この「関係性重視」の文化は、GTM戦略の設計において2つの意味を持つ。
ハイブリッド型の設計: GTMエンジニアリングでデータから「最も確度の高い50社」を特定し、その50社に対して顧問紹介でアプローチする。「広くはGTMエンジニアリング、深くは顧問ネットワーク」という役割分担が、日本市場では最も効率が良い。
GTM Alpha(GTMアルファ)とは、競合が持っていないデータソースや分析手法によって得られる営業上の優位性だ。Clayが「Finding GTM Alpha」というコンセプトで提唱し、「同じツールを使っても勝てない理由」として説明している。
日本には、世界的に見ても珍しい高品質な公開データが存在する。
| データソース | 内容 | 用途例 |
|---|---|---|
| EDINET | 有価証券報告書。上場企業の事業リスク・投資計画・組織変更 | リスク記述の変化から「今、投資したい企業」を特定 |
| gBizINFO | 経済産業省の法人データベース。補助金受給・許認可・特許 | DX補助金受給企業 = IT投資に前向き |
| J-Quants | JPX(日本取引所グループ)の財務・株価データ | 業績好調 × 設備投資増の企業を特定 |
| 建設業許可リスト | 約48万社の建設業者データ | 業界特化型GTMのターゲットリスト |
| 宅建業者リスト | 約12.7万社の不動産業者データ | 不動産テック向けGTMのターゲットリスト |
これらの公開データは無料でAPI取得できるものが多い。ZoomInfoやClayにはない日本独自のデータソースを組み合わせることで、日本市場固有のGTM Alphaを構築できる。
日本市場の構造が分かったところで、最後にGTM戦略でよく見る「典型的な失敗」を押さえておく。同じ轍を踏まないための処方箋でもある。
GTM戦略を設計する際に陥りがちな失敗パターンを3つ挙げる。いずれも「ありがちだが気づきにくい」ものだ。
SFAを入れた。MAを入れた。インテントツールも入れた。しかし「誰に・何を・どうやって」の設計が不在のまま。ツールは実行手段であり、戦略そのものではない。
この失敗は驚くほど多い。ある調査によれば、日本企業のSFA導入率は87%に達している。しかし、導入したSFAを「活用できている」と回答した企業は30%に満たない。ツールだけがある状態は、カーナビを付けた車に目的地を入力しないのと同じだ。
処方箋: ツール選定の前に、「誰に(ICP)・何を(バリュープロポジション)・どうやって(チャネル)」を1枚のドキュメントに書き切る。30分で書ける量でいい。この設計図がないままツールを入れると、「高機能だが誰も使わないSFA」が増えるだけだ。
Clay×LinkedIn×コールドメールの組み合わせは米国では強力だが、LinkedIn不在の日本ではそのまま機能しない。
典型的なのは、米国発のGTMプレイブックを翻訳して社内に展開するケースだ。LinkedIn Sales Navigatorを契約し、コールドメールのテンプレートを英語から日本語に訳し、Outreach(営業メール自動化ツール)を導入する。しかし日本のLinkedIn利用者は就業人口の約6%。月に届くLinkedIn DMが1件もないのが普通だ。結果として、ツール費用だけが積み上がり、商談は1件も生まれない。
処方箋: 海外プレイブックの「原理」は輸入し、「チャネル」は日本向けに置き換える。具体的には、LinkedInの代わりにEDINET + gBizINFO + 顧問ネットワークを使う。原理(データで企業を特定し、パーソナライズしてアプローチする)は万国共通だが、到達手段は市場ごとに設計する必要がある。
GTM戦略を年次の経営計画に組み込んで「はい、完成」とする企業が多い。しかし、GTMの優位性は一時的だ。3ヶ月前に有効だったメッセージが今も効くとは限らない。
実際に起きる例を挙げる。ある人事系SaaS企業が「働き方改革」をフックにしたコールドメールで月20件の商談を獲得していた。しかし半年後、競合5社が同じキーワードで同じようなメールを送り始め、開封率が15%から4%に急落した。Clayが言う「Alpha is Fleeting(優位性は一時的)」は理論ではなく、現場で繰り返し起きている現象だ。
処方箋: 月次でメッセージのA/Bテスト結果を確認し、チャネルのROIを再評価し、ICPの精度を上げ続ける。この「回し続ける」姿勢がGTM戦略の生命線である。GTM戦略ドキュメントには「次回レビュー日」を必ず記載し、形骸化を防ぐ。
GTM(Go-To-Market)戦略とは、製品・サービスを市場に投入し、売上を生む仕組みを設計するための包括的な戦略である。「誰に(ICP)・何を(バリュープロポジション)・どうやって(チャネル・プロセス)」の3つの問いに答える実行計画で、営業・マーケ・プロダクト・CSの全部門が関与する。
GTM戦略は特定製品の市場投入に焦点を当てた3-12ヶ月の実行計画である。マーケティング戦略はブランド全体の1-3年の長期計画だ。GTM戦略は営業・マーケ・プロダクト・CSの全部門が関与するが、マーケティング戦略は主にマーケティング部門が管掌する。両者は排他的ではなく、GTM戦略はマーケティング戦略の「具体化」として機能する。
新製品をローンチする企業、新市場に参入する企業、既存事業の成長が停滞している企業の3ケースで特に必要になる。SaaS企業に限らず、BtoBの製造業やサービス業でも、「製品は良いのに売上が伸びない」場合はGTM戦略の不在が原因であることが多い。
日本ではLinkedInの普及率が低く個人データが不足している。代わりに、EDINET/gBizINFOなどの公開データで企業を特定し、顧問ネットワークで個人に到達する「ハイブリッド型GTM」が有効だ。また、コールドメールの効果が米国より低い一方、セミナーや顧問紹介の効果が高い点を考慮してチャネル設計する必要がある。
データ・AI・自動化を活用して、売上を生むシステムそのものを設計するアプローチだ。2023年に米国のClayが提唱し、「SDR 3人分の生産性を1人で実現する」と議論されている。GTMエンジニアはツールの操作だけでなく、戦略設計→リスト作成→コピーライティング→技術実装→運用改善の全工程を担う。
冒頭の問いに戻る。「SFAもMAもインサイドセールスも揃えた。なのにパイプラインが増えない」——その原因は、個々の施策ではなく、それらを束ねるGTM戦略の不在にある。
本記事はネクサフローのGTMエンジニアリングシリーズの一部です。
この記事の著者

代表取締役
早稲田大学卒業後、ソフトバンク株式会社にてAI活用やCEO直下案件のプロジェクトマネージャーに従事。その後、不動産スタートアップPit in株式会社の創業、他スタートアップでの業務改善・データ活用を経験後、2023年10月、株式会社ネクサフローを創業し代表取締役CEO就任。
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