この記事の要約
ABM(アカウントベースドマーケティング)の限界を超える「ABM 2.0」を解説。インテントデータとデータエンリッチメントの掛け合わせ、Data WaterfallとSignal-based sellingの概念、FORCAS・Clay・Sales Markerの3軸比較表を交え、日本市場での実践方法を示す。
展示会で集めた名刺800枚。帰社後、そのうち業界と従業員規模でフィルタをかけてFORCAS(現 スピーダ顧客企業分析)に突っ込んだ。スコアリングの結果、「ターゲットアカウント100社」が出来上がった。
マーケティング部門は達成感に包まれた。ABM(アカウントベースドマーケティング=特定企業を狙い撃ちするマーケティング手法)の教科書通りの手順だ。カスタマイズしたメールを送り、電話をかけ、セミナーに招待した。
3ヶ月後の結果——商談化3件、受注1件。
営業企画の担当者は首を傾げる。「ABMを導入したのに、なぜ成果が出ないのか」。もっと根深い問題もある。営業部門の反応だ。「マーケが出してくるリスト、ピンと来ないんだよね」。営業部長はリストを横目に、結局いつもの顧問ルートで商談を作る。
マーケ部門は「せっかくスコアリングしたのに使ってくれない」と嘆き、営業部門は「机上のデータより現場の肌感のほうが正確だ」と反発する。ABMツールの導入が、むしろマーケと営業の溝を深くした——これは日本のBtoB企業で繰り返されている構図である。
問題は、ABMのやり方が間違っていたことではない。問題は、ターゲットリストが「静的」だったことにある。3ヶ月前に選んだ100社のうち、今まさに自社製品を検討している企業が何社あるかは、誰も知らない。
本記事では、この問題を3段階で解き明かす。まず「なぜ従来のABMでは成果が頭打ちになるのか」の構造的原因を診断する。次に、インテントデータ(企業の購買意図を示す行動データ)とデータエンリッチメント(既存データを外部データで補完すること)によるABMの進化形——「Data Waterfall」と「Signal-based selling」——を解説する。そして最後に、日本市場での現実的な導入戦略を提示する。
本記事の表記について
ただし、先に断っておく。「最新ツールを入れればABMが進化する」という話ではない。本記事を最後まで読むと、ABMの進化には「ツールの切り替え」ではなく「データの重ね方」と「使い方の再設計」が必要だということが見える。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ABM | 特定の企業(アカウント)をターゲットに絞ったマーケティング・営業戦略 |
| インテントデータ | 企業の購買意図(検索行動・Web閲覧・コンテンツ消費)を示すデータ |
| データエンリッチメント | 既存の顧客データに外部データを補完して精度を高めること |
| Data Waterfall | 複数のデータソースを段階的に重ねてリードを濃縮する手法 |
ABMの進化——静的リストからシグナルベースへABM(Account-Based Marketing=アカウントベースドマーケティング)とは、特定の企業を「アカウント」として選定し、その企業に最適化したマーケティング・営業活動を展開する戦略である。
従来のマーケティングが「広くリードを集めて絞り込む」のに対し、ABMは「最初から狙う企業を絞って、その企業に深くアプローチする」。フィルターの順序が逆だ。
| 従来のマーケティング | ABM | |
|---|---|---|
| 起点 | リード獲得(展示会、Web広告) | ターゲット企業の選定 |
| プロセス | 集める → 絞る → アプローチ | 絞る → 深く理解 → カスタムアプローチ |
| 指標 | MQL数、リード獲得単価 | ターゲット企業のエンゲージメント率 |
| 適用シーン | 中小企業向け、単価の低い商材 | エンタープライズ、年間契約額の大きい商材 |
日本ではFORCASが2017年頃からABMの概念を啓蒙し、2020年以降に「ABMツール」という検索が月間320回に達した。とはいえ、多くの日本企業のABMは「ターゲットリストを作ってメールを送る」レベルにとどまっているのが現実だ。
日本のBtoB企業がABMに取り組む際の典型パターンを整理する。読者の多くは、いずれかに心当たりがあるはずだ。
パターン1: 「FORCAS入れた=ABMやってる」型
FORCASでターゲット企業を抽出し、リストをCRM(顧客管理ツール)/MA(マーケティング自動化ツール)に連携する。ここまでは良い。しかし、そのリストの鮮度管理や更新ルールが決まっていない。
ある製造業のマーケ担当者はこう語った。「半年前のリストをいまだに使っている。でも誰が更新するかが決まっていない」。FORCASの契約を更新するたびに「今年こそリストを活用しよう」と決意するが、半年後にはまた同じ状態になる。
パターン2: 「マーケ部門だけのABM」型
マーケティング部門がABM戦略を設計し、ターゲット企業向けのコンテンツや広告を展開する。しかし営業部門との連携が弱い。
典型的な光景はこうだ。マーケが「この企業群が今期のターゲットです」とSlackで共有する。営業はそれを見て「ふーん」と言ったきり、自分の既存パイプラインに戻る。四半期レビューで「ABMのROI(投資対効果)は?」と聞かれ、マーケは「リードは渡した」と言い、営業は「使えるリードがなかった」と言う。責任の所在が宙に浮く。
パターン3: 「属性だけのスコアリング」型
業界、従業員規模、売上高、所在地——こうした「静的な属性」だけでスコアリングする。今まさに検討しているかどうかの「動的なシグナル」を見ていない。
結果として起きるのがこういう状態だ。リスト上のA社はスコア90点。従業員3,000人、IT業界、売上500億円。完璧なICP(理想の顧客像)に合致する。しかし電話をかけると「今期はIT投資を凍結しています」。一方、スコア40点のB社は従業員200人の中堅企業だが、実はまさにCRMのリプレースを検討中だった。スコアが低いから誰もアプローチしていない。
これら3パターンの共通点は明確だ。ターゲットリストが「作った時点」で止まっている。ABMの「A(アカウント)」は選んだ。しかしそのアカウントが「今、買いたいのか」を知る仕組みがない。
ABMの根本的な問題は、ターゲットリストがスナップショットであることだ。ある時点で「理想の顧客像(ICP=Ideal Customer Profile)」に合致する企業を選定する。しかし、企業の状況は常に変化している。
具体的な場面を考えてみる。SaaS企業のマーケ担当が年度初めにターゲット100社を選定した。4月の時点では確かにニーズがあった企業も、7月に決算発表で業績下方修正が出れば投資を凍結する。あるいは、6月に情報システム部長が交代し、前任者との合意が白紙に戻る。静的リストはこうした変化を反映しない。
静的リストの「鮮度問題」を解決しない限り、ABMは構造的に「当たり外れ」が大きい。これは担当者の能力の問題ではなく、手法そのものに組み込まれた限界だ。
従来のABMは、企業属性(firmographics)——業界、規模、売上高、所在地——を中心にスコアリングする。しかし、これらは購買意欲とは無関係なデータだ。
従業員1,000人のIT企業が「今、CRMを入れ替えたい」と思っているかどうかは、従業員数や売上高からは分からない。分かるのは「このサイズの企業なら購入単価が高い」という統計的な傾向だけだ。
こんな場面に覚えがないだろうか。営業企画がFORCASで「IT業界 × 従業員500人以上 × 関東」の条件で300社を抽出した。営業部長に見せると「うちの業界だと、規模より『今の基幹システムが何か』のほうが大事なんだよ」と言われる。的を射た指摘だ。しかし「今の基幹システムが何か」は企業属性データベースには入っていない。
本当に必要なのは、企業属性に加えて「今、何を考えているか」を示すシグナル——インテントデータ(企業の検索行動やWeb閲覧から購買意図を読み取るデータ)である。
| データの種類 | 内容 | ABMでの使い方 |
|---|---|---|
| 企業属性(firmographics) | 業界、規模、売上高、所在地 | ターゲット企業の選定 |
| 技術スタック(technographics) | 導入済みツール、利用技術 | 競合ユーザーの特定 |
| インテントデータ | 検索行動、Web閲覧、コンテンツ消費 | 「今、検討中か」の判定 |
| エンゲージメントデータ | 自社コンテンツへの反応 | 関心度の測定 |
従来のABMが上の2つだけに依存しているのに対し、ABMの進化形は4つすべてを掛け合わせる。
最も根深い問題は、ABMが「マーケティング戦略」として位置づけられていることだ。ABMの「M」はMarketingだから当然とも言えるが、実際の成約にはマーケティングだけでなく営業・カスタマーサクセス・プロダクトの連携が不可欠である。
「マーケがABM戦略を設計して営業に引き渡す」モデルは、構造的に引き渡しの断絶を生む。マーケが「この企業が今検討中です」とインテントデータを示しても、営業が「で、何を言えばいいの?」と動けなければ意味がない。
日本企業でよくあるのが「ABM推進室」の設置だ。マーケ部門の中にABM専任チームを作る。しかし営業部門からは「あれはマーケの施策でしょ」と見られ、現場の営業がABMのリストを日常業務に組み込まない。ABM推進室は「リストを渡す」ところまでは責任を持つが、「そのリストを使って商談を作る」のは営業の仕事——この分業が、組織的な断絶を固定化する。
この問題を解決するのが、後述するGTMエンジニアリング的なアプローチ——マーケ・営業・データを横断する「設計者」の存在——である。
ABMの3つの限界を突破する鍵は、インテントデータとデータエンリッチメントの掛け合わせにある。ここでは2つの中核概念を解説する。
Data Waterfall——データの滝で精度を上げるData Waterfall(データウォーターフォール)とは、複数のデータプロバイダーを「滝」のように段階的に重ねてリードの精度を引き上げる手法である。米国のGTMエンジニアリング(売上を生むシステムを設計するアプローチ)界隈で2024年頃から使われ始めた概念で、日本語での体系的な解説はほぼ存在しない。
従来のアプローチ:
Data Waterfallのアプローチ:
各層で「データの滝」を通すたびに、リードの精度が上がる。第1層で1,000社だったリストが、第5層を通過すると「今月アプローチすべき15社」に絞り込まれる。
製造業向けにIoTプラットフォームを提供するSaaS企業のケースで見てみる。
1,200社 → 8社。この8社にアプローチすれば、返信率は根本的に変わる。
重要なのは、1つのツールで全層をカバーする必要はないということだ。むしろ、複数のデータソースを組み合わせることで、どの競合も持たない独自の「データの重ね方」が生まれる。これが競争優位の源泉になる。
日本市場でのData Waterfall実装例
| 層 | データソース | 取得できる情報 | コスト |
|---|---|---|---|
| 第1層: 企業選定 | gBizINFO(経済産業省) | 企業基本情報・補助金・認定情報 | 無料 |
| 第2層: 財務分析 | EDINET(金融庁) | 有価証券報告書・決算情報 | 無料 |
| 第3層: インテント | Sales Marker | Web行動データ・検索キーワード | 有料 |
| 第4層: 人物情報 | Eight/Sansan | 名刺DB・人脈マップ | 有料 |
| 第5層: 行動履歴 | 自社GA4/MA | サイト閲覧・メール開封 | 既存ツール |
注目すべきは、第1-2層が完全に無料であることだ。gBizINFOからは法人番号・業種・補助金採択情報が取得でき、EDINETからは上場企業の有価証券報告書が取得できる。この2つだけで「どの業界の、どんな規模の企業が、今どんな投資をしているか」の概要が掴める。
Signal-based selling(シグナルベースセリング)とは、顧客の購買シグナルを検出し、そのシグナルに基づいてアプローチのタイミング・内容・チャネルを最適化する営業手法である。
「インテントデータを使った営業」と何が違うのか。違いは営業の設計思想にある。
| インテントデータ活用型 | Signal-based selling | |
|---|---|---|
| 起点 | インテントデータを確認して営業する | シグナルが「トリガー」となって自動的に営業フローが起動する |
| 頻度 | 週次/月次でリストを更新 | リアルタイムでシグナルを検知 |
| アクション | 営業担当者がリストを見て判断 | シグナルの種類に応じた最適アクションが事前設計されている |
| 例 | 「この企業がCRMで検索した→営業に共有」 | 「CRM検索 × 組織変更発表 × 自社サイト3回訪問 → 事例メール自動送信 → 48時間後にインサイドセールスが架電」 |
要するに、Signal-based sellingは「シグナルの組み合わせ × アクションの自動化」を設計する。単にインテントデータを見るだけでなく、シグナルの発生をトリガーとして営業プロセス全体を設計する考え方だ。
HRテック(人事管理ソフト)企業のケースで考える。シグナルを4段階で設計し、組み合わせに応じてアクションの深さを変える。
| シグナルの組み合わせ | アクション |
|---|---|
| A(Sales Markerで「勤怠管理」検索を検知)+ C(自社事例ページ閲覧2回) | インサイドセールスが24時間以内に架電 |
| A + B(gBizINFOで「くるみん認定」取得)+ C | 営業マネージャーが直接対応。業界特化の事例資料を送付 |
| A + B + C + D(EDINETで「人的資本経営」に言及) | 経営層向けホワイトペーパー送付後、役員アポを打診 |
シグナルが1つならライトタッチ、4つ重なればフルコミット。営業リソースの配分が最適化される。
この設計を担うのが、GTMエンジニアリングのアプローチである。マーケティングでもない、営業でもない、「売上を生むシステム全体を設計する」発想がここに結実する。
ABMの進化を理解するには、インテントデータの種類を正しく理解する必要がある。インテントデータは取得方法によって3つに分類される。
インテントデータの3分類自社が直接取得するデータ。自社サイトの閲覧履歴、メール開封・クリック、セミナー参加、資料ダウンロード、チャットの問い合わせなど。
強み: 最も信頼性が高い。「自社に関心がある」ことが確実に分かる 弱み: 自社サイトに来た企業しか捕捉できない。「知らないうちに競合を検討している企業」は見えない
日本での活用: Google Analytics 4の企業別分析、MAツール(Marketo、HubSpot、SATORI等)のリードスコアリング。多くの日本企業が「ABMのデータ」として使っているのは、実質的にこのファーストパーティデータだけである。
パートナー企業やメディアから直接共有されるデータ。業界メディアの閲覧データ、共催セミナーの参加者データなど。
強み: 自社サイト外の行動が見える。かつ、データの出所が明確 弱み: パートナーシップの構築が必要。スケールしにくい
日本での活用: ITreviewやBOXILなどのSaaSレビューサイトの閲覧データ、業界メディア(日経xTECH等)のスポンサードコンテンツ閲覧者データ。ただし、日本ではセカンドパーティデータの流通市場が未成熟であり、活用している企業は少ない。
外部のデータプロバイダーが収集・提供するデータ。BomboraのData Co-op(6,000以上のWebサイトの閲覧行動を集約したデータ共有ネットワーク)、G2のバイヤーインテント(SaaS比較サイトの閲覧者情報)など。
強み: 自社との接点がない段階の検討行動を捕捉できる。スケーラブル 弱み: データの精度にばらつきがある。「本当にこの企業の人が閲覧したのか」の保証が弱い
日本での活用: Sales Markerが提供するWeb行動データがこのカテゴリの中心。海外では6sense、Bombora、ZoomInfoが主要プロバイダーだが、日本企業のデータカバレッジは限定的である。
最も効果が高いのは、3種類を組み合わせたアプローチだ。
サードパーティ(広域の検索行動)で候補を絞り
→ セカンドパーティ(業界メディアの閲覧)で関心の深さを測り
→ ファーストパーティ(自社サイトの行動)で購買意欲を確認する
この3層構造は、先述のData Waterfallの「第3層: インテント」を具体化したものである。Data Waterfallの各層に適切なインテントデータを配置することで、「今月アプローチすべき企業」の精度が飛躍的に向上する。
ABMの進化を実現するツールは、大きく3つの思想に分かれる。日本ABM型(FORCAS)、米国GTMエンジニアリング型(Clay)、インテントセールス型(Sales Marker)——それぞれのアプローチ・強み・弱みを整理する。
ツール3軸比較——FORCAS・Clay・Sales Marker| 項目 | FORCAS(スピーダ顧客企業分析) | Clay | Sales Marker |
|---|---|---|---|
| 本社 | 日本(ユーザベース→レクシスネクシス) | 米国(ニューヨーク) | 日本(東京) |
| 評価額 | —(上場グループの一部) | $3.1B(約4,650億円) | —(Series A) |
| アプローチ | 企業属性ベースのABM | データエンリッチメント × 自動化 | インテントデータ × AIセールス |
| データソース | 企業DB + 業界分類 + 経済ニュース | 50以上の外部プロバイダー + AI | Web行動データ(3rd party intent) |
| 日本語対応 | ◎(ネイティブ) | △(UIは英語。日本企業データは限定的) | ◎(ネイティブ) |
| 強み | 日本企業DBの充実。業界分析機能。SPEEDAとの連携 | 柔軟なワークフロー設計。50+プロバイダーの統合。GTMエンジニアが設計を自在に変更可能 | リアルタイムのインテント検知。AIによるアプローチ文面生成。セールスシグナルの可視化 |
| 弱み | インテントデータが弱い。「今検討中か」の判定ができない | 日本企業のデータカバレッジが薄い。初期設定が複雑。英語UI | 企業属性データはFORCASに劣る。Data Waterfallの柔軟性はClayに劣る |
| 価格帯 | 月額数十万円〜 | $149〜$800/月(約22,000〜120,000円)。Enterprise版は別途見積もり | 月額数十万円〜(要問い合わせ) |
| 最適な企業 | エンタープライズ営業。日本企業の属性分析を重視 | GTMエンジニアがいる組織。データの柔軟な組み合わせを重視 | インテントセールスに特化。リアルタイムのシグナル検知を重視 |
FORCASの最大の強みは、日本企業データベースの充実だ。業界分類、企業属性、ニュース、シナリオスコアリングといった機能で「どの企業をターゲットにすべきか」を決める段階では非常に強い。
しかし、インテントデータがない。FORCASは「この企業が今何を検討しているか」を教えてくれない。これは、先述の「限界1: ターゲットリストが静的である」と「限界2: 企業属性しか見ていない」にそのまま該当する。
FORCASだけでABMを実践している企業は、Data Waterfallの第1層(企業選定)だけで止まっていることになる。
Clayは2026年3月時点で評価額$3.1B(約4,650億円)、GTMエンジニアリング分野のトップ企業だ。最大の特徴は、50以上の外部データプロバイダーをノーコードで統合し、自在にData Waterfallを構築できること。
たとえば:
この5ステップが1つのワークフローで自動化される。ただし、日本企業のデータカバレッジが圧倒的に薄い。Apollo.ioの日本企業データは正確性に欠け、Clearbitの日本法人情報もまばらだ。LinkedIn文化が希薄な日本では、キーパーソンの情報取得も困難である。
さらに、Clayは使いこなすにはGTMエンジニアリングのスキルが必要だ。「買えば使える」ツールではなく、「設計できる人がいて初めて価値を発揮する」プラットフォームである。
詳しくは → Clay完全ガイド|料金の現実・$800/週問題・代替ツール比較
Sales Markerは日本発のインテントセールスプラットフォームで、企業のWeb行動データをリアルタイムで検知するのが最大の強みだ。「この企業が今、CRMに関連するキーワードで検索している」「御社の競合サイトを閲覧した」といったシグナルを営業にアラートする。
Sales Markerの強みは明確だ。日本企業のインテントデータに特化している。FORCASにないリアルタイム性を提供し、Clayにない日本語ネイティブのデータカバレッジを持つ。
ただし、Data Waterfallの「柔軟性」という点ではClayに劣る。Sales Markerは自社のデータパイプラインに依存するため、「データソースを自由に組み合わせる」ことはできない。また、インテントデータの「精度」に関する懸念も存在する。これについては次のセクションで詳しく扱う。
詳しくは → インテントセールスとは?Sales Marker・FORCAS・6senseの実力と限界
重要なのは、この3つは競合ではなく補完関係にあることだ。
全部を導入する予算がない場合——これが大多数の日本企業の現実だが——まず取り組むべきは無料のデータソース(gBizINFO・EDINET)と既存ツール(MA・GA4)の掛け合わせだ。「ツールの導入」ではなく「データの重ね方の設計」が先である。
ABMの進化を語るうえで避けて通れないのが、インテントデータの精度に対する懐疑論だ。日本ではまだインテントセールス自体が黎明期だが、海外では「導入したが期待通りの成果が出ない」という声が蓄積されている。
海外の議論を「遠い国の話」として片付けるのは早計だ。日本のABM導入企業が今まさに直面する(あるいは近い将来直面する)問題が、ここに凝縮されている。
IPアドレスマッチングの精度問題は日本ではさらに深刻だ。 大企業はプロキシ経由でIPが1つに集約され、中小企業は共有IPで企業特定自体が困難。リモートワークの普及で、社員が自宅からアクセスすれば「個人」として記録される。
「全員が同じデータを買う」問題は、日本ではむしろ起きやすい。 日本でBtoB向けインテントデータの主要プレイヤーはSales Markerに絞られる。導入企業同士は同じシグナルを見てアプローチすることになる。差別化の源泉は「どのデータを買うか」ではなく「何を掛け合わせるか」——Data Waterfallの設計力にかかっている。
海外の先行事例が示しているのは、インテントデータの「幻滅期」と「適正な期待値」である。日本がこれから同じ道を辿る前に、先回りして「Data Waterfallの設計」に力を注ぐべきだ。
ここまでの議論——ABMの3つの限界、Data Waterfallの概念、インテントデータの期待と限界——を踏まえ、日本のBtoB企業が「ABM 1.0」から「ABM 2.0」に進化するための現実的なロードマップを示す。
目標: 自社が保有するデータの全体像を把握し、ファーストパーティ・インテントデータを取得できる状態にする
やること:
目標: gBizINFO・EDINETを使った独自のData Waterfallを構築し、ターゲットリストを「動的」にする
やること:
目標: Signal-based sellingの基本設計を完了し、最初の成果を出す
やること:
現実的なコスト感
最小構成は「gBizINFO + EDINET + 自社GA4/MA」で実質無料。ここにSales Markerを1つ加えるだけで、Data Waterfallの基本形が完成する。
ABMの進化を突き詰めていくと、最終的に行き着くのはGTMエンジニアリングである。ABM → インテントセールス → GTMエンジニアリングという進化の流れを整理する。
| 段階 | ABM 1.0 | ABM 2.0(インテント活用) | GTMエンジニアリング |
|---|---|---|---|
| ターゲティング | 企業属性で静的に選定 | インテントデータで動的に検知 | 独自データの掛け合わせで競合が持たないリストを構築 |
| アプローチ | 人手でカスタマイズ | シグナルに基づいて優先順位づけ | シグナル × アクションの自動化(Signal-based selling) |
| 設計者 | マーケティング部門 | マーケ + インサイドセールス | GTMエンジニア(マーケ × 営業 × データを横断) |
| ツール | FORCAS、Marketo | + Sales Marker、6sense | + Clay、自社スクリプト、AI |
| 差別化の源泉 | ターゲットリストの質 | インテントデータの解釈力 | 独自のData Waterfall設計 |
GTMエンジニアリングは、ABMの「マーケティング部門で完結している」という限界3を根本的に解決する。マーケでもない、営業でもない、「売上を生むシステム全体を設計する」GTMエンジニアが、Data Waterfallの設計からSignal-based sellingのフロー構築まで一貫して担う。
詳しくは → GTMエンジニアとは?「SDR 3人分」は本当か——役割・年収・懐疑論を検証
Q: ABMとインテントセールスの違いは何ですか?
ABMは「特定の企業をターゲットにする」マーケティング戦略。インテントセールスは「購買シグナルに基づいてアプローチする」営業手法。ABMが「どの企業を狙うか」のWhoを決めるのに対し、インテントセールスは「いつアプローチすべきか」のWhenを教える。両者は対立するものではなく、ABMのターゲティングにインテントデータを組み合わせることで、ABM 2.0として統合される。
Q: Data Waterfall(データウォーターフォール)とは何ですか?
複数のデータプロバイダーを「滝」のように段階的に重ねてリードの精度を引き上げる手法。企業選定(第1層)→ 財務・ニュース分析(第2層)→ インテントデータ(第3層)→ キーパーソン情報(第4層)→ 自社行動データ(第5層)の順にデータを通すことで、「今月アプローチすべき企業」を高精度で絞り込む。米国のGTMエンジニアリング界隈で2024年頃から普及した概念。
Q: Signal-based selling(シグナルベースセリング)とは何ですか?
顧客の購買シグナル(Web検索、サイト閲覧、組織変更、資金調達など)を検出し、シグナルの種類と組み合わせに応じて最適な営業アクションを自動的に起動する手法。単にインテントデータを「見る」のではなく、シグナルを「トリガー」として営業フロー全体を設計する点が特徴。
Q: FORCAS、Clay、Sales Markerのうち、どれを選ぶべきですか?
「どれか1つ」ではなく、それぞれの強みに応じた役割分担が最適解。FORCAS=日本企業の属性データ(第1層)、Sales Marker=インテントデータ(第3層)、Clay=Data Waterfall全体の設計。予算が限られる場合は、まず無料データ(gBizINFO・EDINET)+ 自社GA4/MAで第1-2層を構築し、その後インテントデータツールを1つ追加するのが現実的。
Q: インテントデータの精度はどの程度信頼できますか?
海外のユーザーコミュニティでは、サードパーティ・インテントデータの精度に懐疑的な声が多い。IPアドレスマッチングやCookieベースのトラッキングには限界がある。対策は2つ: (1) インテントデータを単体で使わず、ファーストパーティデータ(自社サイトの行動)と必ず掛け合わせる、(2) 「シグナルがある=今すぐ買う」ではなく「シグナルがある=優先的にアプローチする」というスタンスで運用する。
冒頭の場面に戻る。展示会の名刺800枚からFORCASで100社を選定し、3ヶ月で受注1件。営業部長は「マーケのリスト、ピンと来ない」と言い、マーケ部門は「使ってくれない」と嘆いた。
あの100社リストの会社がData Waterfallを使っていたらどうなっていたか。
まず、100社の中から「今まさにIoTに関心を示している企業」がgBizINFOとSales Markerのデータで28社に絞り込まれていた。次に、28社のうち自社サイトを訪問した8社がGA4で特定されていた。営業部長には「この8社は、御社の事例ページを先週読んでいます」と伝えることができた。「ピンと来ない」どころか、「この会社、うちに来てたのか」と前のめりになる。
マーケと営業の断絶も変わる。Signal-based sellingのフローが設計されていれば、「マーケがリストを渡す」のではなく、「シグナルが出た瞬間に営業のSlackにアラートが飛ぶ」。誰が何時間以内に何をするかが事前に合意されている。リストの受け渡しという曖昧なプロセスが、シグナルに基づく自動的なアクションに置き換わる。
ABMの3つの限界——静的リスト、属性偏重、マーケ完結——は、いずれも「データの重ね方」と「使い方の設計」で突破できる。
最も重要なのは、この進化が「ツールの切り替え」ではなく**「データの重ね方の再設計」だということだ。同じツールを使っても、Data Waterfallの設計が違えば結果は違う。その設計を担うのがGTMエンジニアリングの発想であり、日本企業が今すぐ始められるのは、gBizINFO + EDINET + 自社GA4/MAという実質無料のData Waterfall**だ。
ツールを入れる前に、まず自社のデータを棚卸しし、Data Waterfallの第1-2層を構築する。そこから始めれば、3ヶ月後には「ターゲットリストが週次で自動更新される」状態に到達できる。
本記事はネクサフローのGTMエンジニアリングシリーズの一部です。
この記事の著者

代表取締役
早稲田大学卒業後、ソフトバンク株式会社にてAI活用やCEO直下案件のプロジェクトマネージャーに従事。その後、不動産スタートアップPit in株式会社の創業、他スタートアップでの業務改善・データ活用を経験後、2023年10月、株式会社ネクサフローを創業し代表取締役CEO就任。
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