下請法と価格交渉:買いたたき規制の実際
AIサマリー
下請法における価格規制を解説。買いたたきの要件、価格転嫁の協議義務、2026年施行の取適法改正について、具体的な違反事例とともに説明します。

「原材料費が上がっているのに、取引価格を据え置かれている」——このような事態は、下請法違反に該当する可能性があります。
2024年4月の運用基準改正により、コスト上昇時の価格据え置きが「買いたたき」として明確に規制対象となりました。さらに2026年1月には取適法(中小受託取引適正化法)が施行され、規制が大幅に強化されます。
本記事では、価格交渉に関する下請法・取適法のルールを解説します。
免責事項 本記事は法制度の一般的な解説を目的としており、法的アドバイスではありません。 具体的な対応については、弁護士等の専門家にご相談ください。
この記事でわかること
- 買いたたき規制: 不当に低い価格での発注が違法となる要件
- 価格転嫁義務: コスト上昇時の協議義務と据え置きの問題
- 2026年取適法: 54年ぶりの大規模改正のポイント
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象法令 | 下請代金支払遅延等防止法(下請法)→ 中小受託取引適正化法(取適法) |
| 所管官庁 | 公正取引委員会、中小企業庁 |
| 対象読者 | 経営層、購買担当、法務担当 |
| 難易度 | 中級 |
下請法と独占禁止法の関係
優越的地位の濫用との関係
下請法は、独占禁止法の「優越的地位の濫用」規制を補完する特別法です。
| 法律 | 適用要件 | 執行のスピード |
|---|---|---|
| 独占禁止法 | 個別に「優越的地位」を認定する必要 | 時間がかかる |
| 下請法 | 資本金・取引内容で形式的に判断 | 迅速に執行可能 |
下請法の適用対象
下請法は、以下の組み合わせで適用されます。
| 委託者(親事業者) | 受託者(下請事業者) | 対象取引 |
|---|---|---|
| 資本金3億円超 | 資本金3億円以下 | 製造委託、修理委託 |
| 資本金1,000万円超〜3億円以下 | 資本金1,000万円以下 | 製造委託、修理委託 |
| 資本金5,000万円超 | 資本金5,000万円以下 | 情報成果物作成委託、役務提供委託 |
| 資本金1,000万円超〜5,000万円以下 | 資本金1,000万円以下 | 情報成果物作成委託、役務提供委託 |
買いたたきとは
定義
買いたたきとは、下請事業者の責任に帰すべき理由がないのに、通常支払われる対価に比べて著しく低い下請代金を不当に定めることです。
下請法第4条第1項第5号で禁止されています。
買いたたきの判断要素
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 価格の決定方法 | 一方的な価格決定か、協議を経たか |
| 対価の決定内容 | 市場価格や原価計算に照らして適正か |
| 下請事業者の不利益 | 通常価格との乖離度 |
買いたたきに該当するおそれがある行為
2024年4月の運用基準改正により、以下の行為が「買いたたき」に該当するおそれがあると明確化されました。
| 行為 | 説明 |
|---|---|
| コスト上昇時の据え置き | 労務費、原材料価格、エネルギーコスト等の上昇分を協議なく据え置く |
| 一方的な価格決定 | 下請事業者と十分な協議をせず、価格を一方的に決定する |
| 指値発注 | 原価計算を十分行わず、特定の金額を指示して発注する |
価格転嫁と協議義務
協議義務の明確化
2024年の運用基準改正により、コスト上昇時には価格交渉の場で明示的に協議する義務があることが明確化されました。
重要な変更点 「協議の申し入れがなかったので据え置いた」は、買いたたきに該当するおそれがあります。 委託者側から積極的に協議を行う必要があります。
価格転嫁の現状
公正取引委員会の特別調査(2025年度)によると、価格転嫁には以下の課題があります。
| 課題 | 状況 |
|---|---|
| サプライチェーン深部 | 取引段階が深くなるほど転嫁率が低下 |
| 労務費転嫁指針の認知度 | 約60%(2025年時点) |
| 協議を経ない据え置き | 相当数の事業者で確認 |
違反時の措置
協議を経ない据え置き等が認められた事業者は、公正取引委員会により事業者名が公表されています。
| 年度 | 公表事業者数 |
|---|---|
| 令和4年度 | 13社 |
| 令和5年度 | 10社 |
| 令和6年度 | 3社 |
2026年取適法の施行
改正の概要
2026年1月1日、取適法(中小受託取引適正化法)が施行されます。これは1962年以来、54年ぶりの大規模改正です。
| 項目 | 現行(下請法) | 改正後(取適法) |
|---|---|---|
| 適用基準 | 資本金のみ | 資本金 + 従業員数 |
| 対象取引 | 4類型 | 5類型(特定運送委託を追加) |
| 執行体制 | 公取委・中小企業庁 | 事業所管省庁にも権限付与 |
| 支払方法 | 手形払い可能 | 手形払い禁止 |
従業員基準の追加
取適法では、資本金基準に加えて従業員数基準が追加されます。
| 委託者 | 受託者 | 対象取引 |
|---|---|---|
| 従業員300人超 | 従業員300人以下 | 製造委託、修理委託 |
| 従業員100人超 | 従業員100人以下 | 情報成果物作成、役務提供委託 |
これにより、資本金が小さくても従業員数が多い企業が規制対象となります。
協議を行わない代金決定の明確な禁止
取適法では、コスト上昇時に協議を行わず一方的に代金を据え置く行為が明確に禁止事項として規定されます。
手形払いの禁止
受注者の資金繰り負担を軽減するため、手形払いが禁止されます。
特定運送委託の追加
物流の2024年問題を踏まえ、特定運送委託が新たな対象取引として追加されます。
SaaS・IT事業者への示唆
システム開発における下請法
SaaS事業者がシステム開発を外注する場合、下請法(取適法)の適用対象となる可能性があります。
| 委託内容 | 該当する取引類型 |
|---|---|
| ソフトウェア開発 | 情報成果物作成委託 |
| システム保守・運用 | 役務提供委託 |
| インフラ構築 | 情報成果物作成委託 |
注意すべき場面
| 場面 | リスク | 対応策 |
|---|---|---|
| 開発費用の交渉 | 一方的な減額要求 | 市場価格・工数を根拠に協議 |
| 追加開発の発注 | 無償での対応要求 | 別途見積もり・契約を締結 |
| コスト上昇時 | 据え置き強要 | 定期的な価格見直し条項を契約に盛り込む |
発注者として注意すべきこと
SaaS事業者が開発会社等に発注する場合、以下の点に注意が必要です。
- 発注書面の交付: 発注内容、下請代金、支払期日を明記
- 支払期日の遵守: 成果物受領後60日以内に支払い
- 価格協議の実施: コスト上昇時は積極的に協議の場を設ける
よくある質問(FAQ)
Q1. 値下げ交渉をしたら買いたたきになるのか?
単に値下げを依頼すること自体は違法ではありません。
買いたたきに該当するのは、「通常支払われる対価に比べて著しく低い価格」を「不当に」定める場合です。市場価格の変動や合理的な理由に基づく交渉は問題ありません。
ただし、力関係を背景に一方的に押し付けることは違法となります。
Q2. 「協議した」と言えるための要件は?
形式的な協議では不十分です。以下の要素が必要です。
- コスト上昇の事実について説明を受ける
- 転嫁の必要性について双方が意見を交わす
- 合理的な根拠に基づいて代金を決定する
「協議しましたが合意に至りませんでした」として据え置く場合も、その経緯が適正であったか問われます。
Q3. 取適法は既存の契約にも適用されるのか?
取適法は2026年1月1日以降の取引に適用されます。
ただし、既存の継続契約についても、施行後に発注される個別の取引には新法が適用される可能性があります。契約内容の見直しを推奨します。
Q4. 違反した場合のペナルティは?
下請法・取適法違反には以下のペナルティがあります。
| 措置 | 内容 |
|---|---|
| 勧告 | 違反行為の是正と公表 |
| 指導 | 改善の要請 |
| 罰金 | 50万円以下 |
また、公正取引委員会による事業者名の公表は、企業の信用に大きな影響を与えます。
まとめ
主要ポイント
- 買いたたき: 協議なくコスト上昇分を据え置くことは違法の可能性
- 2024年運用基準改正: 価格転嫁の協議義務が明確化
- 2026年取適法: 従業員基準の追加、手形払い禁止など大幅な規制強化
次のステップ
- 下請事業者との価格交渉プロセスを点検
- コスト上昇時の協議ルールを社内で整備
- 2026年取適法施行に向けて契約書・発注書のテンプレートを見直し
参考リソース
公正取引委員会・中小企業庁
解説記事
プライシング法制度ガイド
本記事はプライシング法制度ガイドシリーズの一部です。
この記事の著者

猪良 幸太郎
東京理科大学卒業後、国内独立系コンサルティングファームに入社し、IT・業務コンサルタント兼マネージャーとして業務最適化やシステム導入プロジェクトを経験。その後プライシングスタジオに入社し、執行役員兼ビジネス本部長として顧客のプライシング変革支援をリードする傍ら、自社の新規事業立ち上げの推進にも従事。


