EUの価格規制:競争法・消費者権利指令の基礎
AIサマリー
EUの価格規制を解説。TFEU 101条・102条、Consumer Rights Directive、トラックカルテル事件(29.3億ユーロ)などの事例とともに説明します。

EUは世界で最も厳格な価格・競争規制を持つ地域の一つです。
2016年のトラックカルテル事件では、Daimler、Volvo等の大手メーカーに対し、合計約38億ユーロ(約6,000億円)の制裁金が科されました。これはEU競争法史上最高額の制裁です。
本記事では、EU市場で事業を展開する際に知っておくべき価格規制の基礎を解説します。
免責事項 本記事は法制度の一般的な解説を目的としており、法的アドバイスではありません。 具体的な対応については、弁護士等の専門家にご相談ください。
この記事でわかること
- TFEU 101条: カルテル禁止と価格協定への規制
- TFEU 102条: 市場支配的地位の濫用禁止
- Consumer Rights Directive: 14日間撤回権と消費者保護
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主要法令 | TFEU(EU機能条約)、Consumer Rights Directive、DMA/DSA |
| 規制当局 | European Commission(欧州委員会)、加盟国競争当局 |
| 対象読者 | EU展開を検討する事業者、法務担当 |
| 難易度 | 中級〜上級 |
TFEU 101条(カルテル禁止)
概要
TFEU第101条は、EU域内市場における競争を妨害・制限・歪曲する事業者間の協定を禁止しています。
禁止される行為
| 行為 | 内容 |
|---|---|
| (a) 価格固定 | 購入価格・販売価格その他の取引条件を固定すること |
| (b) 生産制限 | 生産、市場、技術開発、投資を制限・管理すること |
| (c) 市場分割 | 市場または供給源を分割すること |
| (d) 差別的条件 | 同等の取引に異なる条件を適用し、競争上不利にすること |
| (e) 抱き合わせ | 契約と無関係な付帯義務の受諾を条件とすること |
違反の効果
- 101条(2)により、禁止される協定は自動的に無効
- 制裁金は全世界年間売上高の最大10%
適用除外(101条(3))
以下の条件をすべて満たす場合、適用除外が可能です:
- 生産・流通の改善、または技術的・経済的進歩への貢献
- 消費者への利益の公正な分配
- 不可欠な制限のみ課すこと
- 競争を排除しないこと
TFEU 102条(市場支配的地位の濫用)
概要
TFEU第102条は、市場支配的地位を有する事業者による濫用行為を禁止しています。
支配的地位そのものは違法ではありませんが、その濫用は禁止されます。
禁止される濫用行為
| 行為 | 内容 |
|---|---|
| (a) 不公正な価格 | 不公正な購入価格・販売価格の設定 |
| (b) 生産制限 | 消費者の不利益となる生産・市場・技術開発の制限 |
| (c) 差別的条件 | 同等の取引に異なる条件を適用 |
| (d) 抱き合わせ | 無関係な付帯義務の受諾を条件とすること |
濫用の類型
| 類型 | 具体例 |
|---|---|
| 搾取的濫用 | 過度に高い価格設定、不公正な取引条件 |
| 排他的濫用 | 略奪的価格設定、排他的購入義務、マージンスクイーズ |
略奪的価格設定の判断基準
AKZO事件(Case C-62/86)において、平均可変費用を下回る価格は略奪的と推定されると判示されました。
Consumer Rights Directive(14日間撤回権)
概要
**Consumer Rights Directive(2011/83/EU)**は、通信販売・訪問販売における消費者の撤回権を規定しています。
14日間撤回権
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 撤回期間 | 商品受領日または役務契約締結日から14日間 |
| 理由 | 理由を示す必要なし |
| 追加費用 | なし |
事業者の義務
| 義務 | 内容 |
|---|---|
| 撤回権の告知 | 契約締結時に撤回権について適切に告知 |
| 返金期限 | 撤回通知受領後14日以内に全額返金 |
| 配送費用の返金 | 標準配送費用を含めて返金 |
| 返金方法 | 消費者が使用した決済手段と同一の方法 |
撤回権不告知の効果
事業者が撤回権について適切に告知しなかった場合、撤回期間は12ヶ月延長されます。
撤回権の例外
以下の場合、撤回権は適用されません:
- 腐敗しやすい商品
- 開封した衛生・健康関連の密封商品
- 消費者仕様でカスタマイズされた商品
- 開封されたソフトウェア
- 特定日時のサービス(宿泊、交通等)
- 消費者の同意を得て履行開始されたデジタルコンテンツ
主要なカルテル事例
トラックカルテル事件(2016-2017年)
EU競争法史上最高額の制裁金事例です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 違反期間 | 1997年〜2011年(14年間) |
| 制裁金総額 | 約38億ユーロ(約6,000億円) |
| 違反内容 | 中・大型トラックの価格協調、排ガス対応コストの転嫁タイミング協調 |
個別制裁金
| 企業 | 制裁金 |
|---|---|
| Daimler | 10億ユーロ超(EU史上最高の個別制裁金) |
| Scania | 8.8億ユーロ |
| DAF | 7.53億ユーロ |
| Volvo/Renault | 6.70億ユーロ |
| Iveco | 4.95億ユーロ |
| MAN | 0(リニエンシー適用) |
その他の主要事例
| 事件 | 年 | 制裁金 |
|---|---|---|
| 液晶パネルカルテル | 2010年 | 6.48億ユーロ |
| 自動車ガラスカルテル | 2008年 | 13.8億ユーロ |
| CRTカルテル | 2012年 | 14.7億ユーロ |
| LIBOR金利カルテル | 2013年 | 14.9億ユーロ |
DMA/DSA(デジタル規制)
デジタル市場法(DMA)
**DMA(Regulation 2022/1925)**は、大規模プラットフォーム(ゲートキーパー)に対する規制です。
| 対象企業 | サービス |
|---|---|
| Alphabet、Amazon、Apple、ByteDance、Meta、Microsoft | 22サービス |
価格関連規定
| 条項 | 内容 |
|---|---|
| 第5条(8) | 他サービスの購読を利用条件としてはならない(抱き合わせ禁止) |
| 第5条(9) | 広告の価格・パフォーマンスデータへのアクセスを提供する義務 |
| 第6条(1) | 自社製品・サービスをランキング等で優遇してはならない |
制裁
| 違反 | 制裁金 |
|---|---|
| 初回違反 | 全世界年間売上高の最大10% |
| 再犯 | 全世界年間売上高の最大20% |
SaaS事業者への実務的示唆
競争法対応
| リスク | 対応策 |
|---|---|
| 競合との価格情報交換 | 業界団体での価格に関する議論を避ける |
| 販売代理店への価格拘束 | 再販価格維持に該当しないよう注意 |
| 市場支配的地位での価格設定 | 略奪的価格設定、過度な高価格を避ける |
消費者権利指令対応
| 項目 | 対応内容 |
|---|---|
| 撤回権の告知 | 契約締結時に14日間の撤回権を明示 |
| 返金対応 | 撤回通知から14日以内に返金処理 |
| デジタルコンテンツ | 履行開始前に撤回権放棄の同意を取得 |
よくある質問(FAQ)
Q1. EU域外の企業にもEU競争法は適用されるか?
はい。EU域内で効果を生じる行為であれば、域外の企業にも適用されます(効果理論)。
日本企業であっても、EU市場に影響を与える価格協定や濫用行為は規制対象となります。
Q2. 14日間撤回権はSaaSにも適用されるか?
適用されます。ただし、消費者がサービス提供の即時開始に同意し、撤回権を放棄した場合は適用除外となります。
SaaSの場合、契約締結時に以下の同意を取得することが推奨されます:
- サービスの即時提供開始への同意
- 14日間の撤回期間内に履行が完了した場合の撤回権放棄
Q3. リニエンシー制度とは何か?
カルテルを最初に当局に通報した企業は、制裁金が全額免除される制度です。
トラックカルテル事件でMANが制裁金0となったのは、この制度によるものです。
Q4. DMAの「ゲートキーパー」に該当する基準は?
主な基準は以下の通りです:
- EU域内での年間売上高75億ユーロ超、または時価総額750億ユーロ超
- EU域内で月間4,500万人以上のエンドユーザー
- EU域内で年間1万社以上のビジネスユーザー
まとめ
主要ポイント
- TFEU 101条: カルテル・価格協定は自動的に無効。制裁金は売上高の最大10%
- TFEU 102条: 市場支配的地位の濫用は禁止。略奪的価格設定に注意
- Consumer Rights Directive: 14日間撤回権。告知義務違反は12ヶ月延長
次のステップ
- 競合との価格情報交換がないか社内点検
- 消費者向けサービスの撤回権対応を確認
- EU市場でのシェアが高い場合は102条リスクを評価
参考リソース
EU法令
- EUR-Lex - Article 101 TFEU
- EUR-Lex - Article 102 TFEU
- EUR-Lex - Consumer Rights Directive
- EUR-Lex - Digital Markets Act
欧州委員会
プライシング法制度ガイド
本記事はプライシング法制度ガイドシリーズの一部です。
この記事の著者

猪良 幸太郎
東京理科大学卒業後、国内独立系コンサルティングファームに入社し、IT・業務コンサルタント兼マネージャーとして業務最適化やシステム導入プロジェクトを経験。その後プライシングスタジオに入社し、執行役員兼ビジネス本部長として顧客のプライシング変革支援をリードする傍ら、自社の新規事業立ち上げの推進にも従事。


