価格設定の自由はどこで違法に変わるのか。
独占禁止法が価格に効かせている規制は大きく3つある。「安くしすぎる(不当廉売)」「競合と価格の話をしすぎる(カルテル)」「販売店を縛りすぎる(再販売価格維持)」だ。この3つは同じ重さの規制ではない。課徴金の算定率が違い、立件のされやすさも違う。SaaS・IT事業者が実務でどこに注意を集中すべきかは、この境界線をどう引くかで変わってくる。
プライシング設計の現場で、クライアントが最も不安がるのは「安くしすぎること」だ。無料プランやキャンペーン価格を設計するたびに「これは不当廉売にならないか」という質問が出る。だが本記事で数字を並べてみると、私はSaaS・IT事業者が本当に足をすくわれるのは不当廉売ではなく、価格カルテルの方だと見ている。不当廉売は価格・継続性・競争阻害の3要件をすべて満たす必要があり、課徴金率も売上高の3%にとどまる。一方カルテルは10%で、電力カルテル事件では1,010億円に達した。境界はグレーではなく「競合と価格の話をしない」という一本の線で引ける。ただしこれはBtoB事業者を想定した話で、消費者向けECが原価割れ販売を継続する場合は、別途不当廉売リスクが残ることには注意してほしい。
この非対称性を面倒だと思う。不当廉売は「原価割れでは?」という直感的な疑いが立ちやすく、質問として言語化されやすい一方、カルテルは「ただの雑談」の顔をして始まるため、そもそも警戒の対象として意識されにくい。恐れやすいリスクと、実際に重いリスクがずれている状態は、プライシングの実務においてもっと注意深く扱われるべきだと考えている。
この先の話は、2つの言葉の意味が固まっていないと成立しない。
総販売原価とは、仕入原価に販管費を加えたものだ。「著しく下回る」の判定はここが基準になる。単なる仕入原価割れのセールは、事業全体で採算が取れていれば不当廉売には当たらない。「原価割れ=即違法」という理解はここで反証できる。
意思の連絡とは、価格カルテルが成立する条件で、明示的な合意だけでなく黙示のものも含む。契約書や口約束を交わしていなくても、暗黙の了解があれば成立する。「合意書を交わしていないから大丈夫」という理解は、ここで反証できる。
| 規制類型 | 概要 | 主な違反者 |
|---|---|---|
| 不当廉売 | 原価を著しく下回る価格での継続販売 | 小売事業者、EC事業者 |
| 価格カルテル | 競合他社との価格の取り決め | 全ての事業者 |
| 再販売価格維持 | メーカーによる小売価格の拘束 | メーカー、卸売事業者 |
そしてこの3つは、課徴金の算定率がそもそも違う。
| 違反類型 | 算定率(大企業) |
|---|---|
| 価格カルテル・入札談合 | 売上高の10% |
| その他の不当な取引制限 | 売上高の10% |
| 支配型私的独占 | 売上高の10% |
| 排除型私的独占 | 売上高の6% |
| 不公正な取引方法(不当廉売等) | 売上高の3% |
同じ「価格の問題」でも、リスクの重さは最初からそろっていない。ここから3つの境界線を順に見ていく。
不当廉売とは、正当な理由なく、商品やサービスをその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがある行為だ(独占禁止法第2条第9項第3号、一般指定6項)。
違法と判断されるには、次の3要件をすべて満たす必要がある。
| 要件 | 内容 | 判断のポイント |
|---|---|---|
| 価格要件 | 供給に要する費用を著しく下回る対価 | 総販売原価(仕入原価+販管費)を下回る価格 |
| 継続性要件 | 継続して供給すること | 相当期間にわたり繰り返し行われること |
| 競争阻害要件 | 他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ | 競争者の顧客獲得を妨げる蓋然性 |
季節商品の売れ残り処分、生鮮食品の値引き、新規参入時の限定的な低価格戦略は「正当な理由」の例外に当たりうる。ただしこれらも長期間継続すると違法となりうる。3要件すべてが必要という立件ハードルの高さが、後段で再販維持と比べたときの「軽さ」の根拠になる。
価格カルテルとは、競合する事業者が共同して、商品やサービスの価格を決定・維持・引き上げることを合意する行為だ。独占禁止法第2条第6項の「不当な取引制限」に該当し、課徴金の対象となる。
違法性の判断は3つの要件で構成される。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 共同行為 | 競合他社との意思の連絡(明示・黙示を問わない) |
| 相互拘束 | 価格に関する合意に基づき行動を拘束し合うこと |
| 競争の実質的制限 | 市場における競争が実質的に制限されること |
2023年3月、公正取引委員会は電力会社に対して過去最高額の課徴金を命じた。
| 会社名 | 課徴金額 |
|---|---|
| 中国電力 | 約707億円 |
| 中部電力 | 約201億円 |
| 中部電力ミライズ | 約73億円 |
| 九州電力 | 約27億円 |
| 合計 | 1,010億円 |
2018年頃から、各社は「事業者向け電力」について互いの営業エリアで顧客獲得をしないよう申し合わせていた。カルテルを主導した関西電力は、公正取引委員会への自主申告(リーニエンシー制度)により課徴金を免除されている。1番目の自主申告は全額免除、2番目は50%減額、3番目以降は30%減額(上限あり)という設計だ。
ここが実務上いちばん危ない。「共同行為」の要件は明示の合意である必要がなく、黙示の「意思の連絡」で足りる。業界イベントで競合と価格について話してしまった場合、それ自体が直ちにカルテルになるわけではないが、次のような話題は危険信号だ。
上記のリストで気づくのは、どれも「悪意ある密談」ではなく、業界イベントの名刺交換や勉強会の雑談で自然に出てくる話題だということだ。だからこそ、個人の注意力に頼る対策は機能しない。話してよい話題とそうでない話題の線引きを、個人の判断に委ねず、あらかじめ組織のルールとして明文化しておく必要があると考えている。
再販売価格維持(Resale Price Maintenance)とは、メーカーが卸売業者や小売業者に対して再販売価格を指定し、これを守らせる行為で、不公正な取引方法として原則禁止されている。
「この価格で販売せよ」という指示、指定価格を守らない小売業者への出荷停止、価格を下げた小売業者への卸価格引き上げは禁止行為の典型例だ。「希望小売価格」の設定自体は違法ではない。違法になるのは、それを守らせるために制裁を加えることだ。書籍・雑誌・新聞・音楽CDなど著作物は、文化の保護・普及という政策目的から再販制度の例外とされている。
令和6年度は関家具が排除措置命令、日清食品と九州シジシーが警告にとどまった(出典: 公正取引委員会 令和6年度違反事件処理状況)。課徴金の言及はない。ここは不当廉売よりもさらに軽い扱いになっている。
ここまで3規制を個別に見てきた。最後にこれを、課徴金率・立件されやすさ・SaaS実務との近さという3つの軸で並べ替えてみる。
| 規制 | 課徴金率 | 立件のされやすさ | SaaS実務との近さ |
|---|---|---|---|
| 価格カルテル | 10% | 黙示の意思の連絡で足りる=低い | 業界イベント・勉強会で日常的に接点あり |
| 不当廉売 | 3% | 3要件すべて必要=高い | フリーミアム設計で懸念されやすいが実際の該当は狭い |
| 再販売価格維持 | 該当時も言及なし(令和6年度は警告どまり) | 「強制」の証拠が必要=高い | 代理店・パートナー契約がある場合のみ |
こう並べると、フリーミアムモデルが不当廉売に当たるという不安は、課徴金率・立件ハードルの両方から見て優先度が低いことがわかる。無料プラン自体は不当廉売に該当しない。注意が必要なのは、有料プランの原価を著しく下回る価格提供を続ける場合、特定の競合を排除する目的での極端な低価格設定、市場支配的地位を利用した略奪的価格設定といった、明確に競争排除を狙ったケースに限られる。
対して、業界イベントでの何気ない価格の会話は、課徴金率が最も高く、立件のハードルも最も低い規制に直結する。SaaS・IT事業者が資源を割くべき優先順位は、ここで初めてはっきりする。
これから組み込むつもりの一本のルールがある。見積や値引きの承認フローに「総販売原価を上回っているか」を通過条件として明示的に組み込むことだ。仕入原価だけを見て値引き幅を決める運用は、担当者の善意に依存してしまい、著しい原価割れが継続するリスクを見落としやすい。承認プロセスの中にこの一行を固定しておくことで、個人の判断ではなく仕組みとして健全性を担保したいと考えている。
課徴金の納付は罰金ではなく、違法行為によって得た経済的利得を剥奪する行政措置だ。課徴金に加えて、排除措置命令(違反行為の停止等)が出される。悪質な場合は刑事告発の対象となり、役員に懲役刑が科される可能性もある。
価格設定の自由がどこで終わるかは、脅しとしてではなく、判断材料として持ち帰ってもらえるとうれしい。安くしすぎることより、競合と話しすぎることの方が重い。この地図が、次に価格の話が出た会議室で、一瞬立ち止まる理由になれば十分だと思っている。
免責事項 本記事は法制度の一般的な解説を目的としており、法的アドバイスではありません。 具体的な対応については、弁護士等の専門家にご相談ください。
プライシング法制度ガイド
関連: ロスリーダー戦略は原価割れ集客の運用リスクとして不当廉売に触れているが、本記事の総販売原価の定義と3要件は、それが違法に転じる境界をより具体的に補う。フリーミアムの失敗パターンが論じる無料ユーザーの経済性は、無料提供が略奪的価格設定の線を越える条件と表裏の関係にある。市場浸透価格戦略が推奨する新規参入時の低価格は、本記事でいう不当廉売の「正当な理由」例外に当たる一方、長期継続すれば違法化しうるという条件がつく。
本記事はプライシング法制度ガイドシリーズの一部です。