この記事の要約
a16z の対談動画をもとに、Palantir CTO の Shyam Sankar が語った Project Maven の問題意識、防衛産業における異端者の役割、Alpha/Beta ソフトウェア論、人間の主体性を整理する。
この記事は Inside Palantir: Building Software That Matters の内容を基に作成しています。
2014年、ISISがイラクのシンジャール山でヤジディ教徒を包囲したとき、米軍は空輸救出作戦を計画した。だが若い海兵隊員がISR(情報・監視・偵察)映像でRPGと誤認し、着陸は中止。数千人が拷問され、奴隷にされた。
動画では、この悲劇を原点としてクコール大佐が Pentagon 内で Project Maven を立ち上げていく経緯が語られる。
この対談の主題は Palantir の直近業績ではなく、防衛産業の構造、異端者の役割、Alpha/Beta 型ソフトウェア、そして「AI が何かをする」のではなく「人間が AI を使って何かをする」という主体性の問題にある。
本記事の表記について
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 動画チャンネル | a16z(Andreessen Horowitz) |
| 登壇者 | シャム・サンカー(Palantir CTO、2006年入社・13番目の社員) |
| 聞き手 | Katherine Boyle(a16z ゼネラルパートナー) |
| カテゴリ | 企業戦略・防衛テック・AI |
| 難易度 | 中級 |
Palantir AIPの防衛AIプラットフォーム全体像対談のホストであるa16zのKatherine Boyleは、まずサンカーの人物像から切り込んだ。
"So many of our founders have pointed to Shyam as the person who made their career."
「多くの創業者がShyamこそ自分のキャリアを作った人物だと語っている」
シャム・サンカー(Shyam Sankar) は、ナイジェリアでの暴力を逃れて5歳で渡米。父はオーランドのテーマパークに土産物を納品する仕事をしていた。Red DawnやRambo、Hunt for Red Octoberといったハリウッド映画でアメリカという国のアイデンティティを学んだという。
2006年にPalantirの初期メンバーとして入社し、フォワード・デプロイド・エンジニアリング(FDE) を象徴する人物として知られる。エンジニアが顧客の現場に入り、ソフトウェアを共同で作り込むという発想は、対談全体の土台にもなっている。
長らく「裏方」のイメージが強かったが、防衛改革の論考「First Breakfast」を出して以降は、より公の場で発言する機会が増えた。
"It was kind of equal parts an act of desperation and act of optimism."
「絶望と楽観が半分ずつ混じったものでした」
シャム・サンカーがa16zで語る(1)なぜ長く表舞台に出てこなかった人物が声を上げたのか。それを理解するには、防衛産業に何が起きたかを知る必要がある。
1993年7月21日。国防長官レス・アスピンと副長官ウィリアム・ペリーが、米国の主要防衛企業の経営者たちをPentagonの夕食会に招いた。
ペリーはチャートを見せ、こう告げた。「冷戦は終わった。政府がこれだけの企業を支え続けることは不可能だ」。事実上の「統合せよ、さもなくば消滅する」という通告だった。
Martin Marietta会長のノーム・オーガスティンがこの会合を「ラスト・サパー(最後の晩餐)」と名づけた。
結果、防衛元請けは51社から5社へと集約された。Lockheed+Martin Marietta、Boeing+McDonnell Douglas、Northrop+Grumman──。サンカーは、この統合以後の防衛産業が少数の巨大元請けに強く偏ったと見る。
サンカーの分析は通説と異なる。「51社→5社で競争が減った」という説明は正しくない、と。
"Consolidation bred conformity. It was the beginning of true financialization of defense."
「統合が画一性を生んだ。防衛産業の金融化の始まりだった」
もともと防衛産業は独占買い手(モノプソニー)──買い手は国防省ただ1つ。競争は企業間ではなく、陸海空軍の「サービス間競争」がイノベーションを駆動していた。統合後に起きたのは、企業が成長ではなく財務指標(配当・自社株買い・キャッシュフロー) を優先するようになったことだ。
彼が強調するのは、主要兵器システムの調達が次第に防衛専業の大手元請けへ寄り、商業技術との循環が細っていったことだ。かつては民生と防衛の間にもっと往来があったが、その接続が弱くなったという認識である。
"You get these exquisite giant tortoises... Except when you take the tortoise back to the mainland, they're not competitive. They're going to get eaten alive by the wolves."
「見事なゾウガメが出来上がる。でも本土に戻したら、狼に食い殺される」
防衛専業企業はガラパゴス諸島で独自進化を遂げた。だが商業市場の技術進化から切り離され、異端者(heretic)は排除されがちだった。サンカーは、長くシリコンバレー企業が防衛分野に入りづらい状態だったと振り返る。
防衛産業変革のフロー:ラスト・サパーから現在までドリュー・クコール大佐(Colonel Drew Cukor)。動画では、海兵隊の情報将校として Project Maven 立ち上げを担った人物として描かれる。
2014年、ISISがイラクのシンジャール山でヤジディ教徒を包囲した。クコールは救出作戦に関わっていた。だが若い海兵隊員がISR映像でRPGと誤認し、着陸を中止。数千人のヤジディ教徒が拷問され、奴隷にされ、性暴力を受けた。
"It just changed this man."
「この経験が彼を変えた」
クコールは確信した。テラバイト規模の情報をすでに保有していたのに、それを活用するAIがなかったために人命が失われた。
2017年、クコールは Pentagon 内の小規模な取り組みとして Project Maven を立ち上げた。動画では、無人機映像の解析に機械学習を持ち込む試みとして紹介される。
だがヘレティック(異端者)の宿命として、組織のあらゆる抵抗を受けた。
"Someone said that Colonel Cukor is housing Iranians in his basement. So they actually sent out criminal investigators to his house to look at this. And here's a devout Mormon, four daughters, 1400 foot home that doesn't have a basement by the way."
「クコールはイラン人を地下室に住まわせている、と誰かが通報した。犯罪捜査官が自宅に来た。彼は敬虔なモルモン教徒で4人の娘がいて、家には地下室すらなかった」
各軍は「自分たちこそAIをやっている」と反発し、監察総監(IG)の調査を仕掛け、彼を潰そうとした。だがクコールは退かなかった。
Project Mavenの現場から(12)動画では、この地下室の試みが後に大きく拡張されたプログラムへ育っていく流れが強調される。ただし、配備範囲や契約上限のような current-state の数値は変動しやすいため、本記事では固定値を置かない。
ここで重要なのは、Maven を「AI 導入の成功例」として数字だけで読むことではない。サンカーが強調するのは、現場起点の課題があり、異端者がそれを押し進め、組織の抵抗を受けながらも使われる仕組みに変わっていったという流れである。
クコールの物語は例外ではない。サンカーは著書『Mobilize』で、防衛イノベーションの歴史を調べ上げた。結論は明快だ──歴史を変えた防衛技術は、ほぼ例外なくヘレティック(異端者)の仕事だった。
アンドリュー・ヒギンズはスコッツ系アイリッシュ人の造船業者。彼が設計した上陸用舟艇を海軍は採用を拒否し、設計図を盗もうとすらした。だが最終的に第二次大戦の全舟艇の92%がヒギンズ・ボートになった。ノルマンディー上陸作戦は、この「病的なまでに執念深い」男なしには不可能だった。
ポーランドのシュテットル(ユダヤ人居住地)出身のリコーヴァーは、海軍に核動力を持ち込もうとした。原子爆弾の父オッペンハイマーに「核海軍は不可能だ」と言われたが、無視して推進。
海軍は彼に屈辱を与え続けた。最初に与えられたオフィスは女性用トイレだった。
だがリコーヴァーは「息子が安全に乗れる仕様」を基準とし、最低安全基準の100倍の安全性で原子力潜水艦を建造した。一方、ソ連の潜水艦員は被曝による白血球減少のため、半年ごとにソチで休養していた。
F-16の設計思想を生み出したジョン・ボイド大佐は、自身の所属する空軍に嫌われた。だが海兵隊は彼の理論を全面的に採用。湾岸戦争で世界第4位の陸軍を数日で壊滅させたとき、ボイドの「OODA Loop」と「ハイ・ロー・ミックス」が全て正しかったと証明された。
ボイドの言葉をサンカーは引用する。
"You can be somebody or you can do something but you can't have both."
「誰かになることはできる。何かをなすこともできる。でも両方はできない」
サンカーが付け加えた重要な指摘がある。ボイドが生き残れたのは、名前すら知られていない空軍の三つ星将軍が彼を守ったからだ。ヘレティックは一人では生き残れない。彼らを守るリーダーの存在こそが、変革の本当の鍵だ。
サンカーが陸軍で最も驚いたのは、現場の軍人たちのAI活用能力だった。
"The most compelling AI applications I'm seeing across commercial or private sector or public sector are being built by these green suiters."
「商業・民間・公共を通じて、最も印象的なAI活用を作っているのは制服組だ」
正式なコンピューターサイエンス教育を受けていない情報将校が、2週間でプロトタイプを構築し、実際の成果を見せている。
"10 years ago, what would they have done though with their idea? Make a PowerPoint slide, brief some program bureaucrat who would tell them how bad their idea is... Now they spend two weeks, they build it themselves."
「10年前、彼らはアイデアを持っていても何をしただろう?PowerPointを作り、プログラム官僚にプレゼンして『ダメだ』と言われる。今は2週間で自分で作る」
これはアメリカ軍の伝統的な強みと完全に合致する。ボトムアップ・イノベーションとミッション・コマンド(任務命令型指揮)。現場の判断を信じ、権限を委譲する文化。AIがその文化に「翼」を与えた。
サンカーは2014年からイスラエルの軍事技術に関わってきた。2023年10月7日後に見たものが、彼を決定的に動かした。
大量の予備役が召集され、民間で経験を積んだ人材が軍に戻った。そのとき現場の技術水準とのギャップが、近代化を一気に押し進めたと彼は語る。
"I saw them modernize more in the four months after October 7th than I did in the prior 10 years of working with them."
「10月7日後の4か月で、それ以前の10年間より多くの近代化が起きた」
サンカーは、テック業界の他のリーダーたちとともに米陸軍への関与を深めた経験を引き合いに出し、民間の知見を防衛側に持ち込む回路の必要性を語る。
"If the Chinese make civil military fusion compulsory, why do we make voluntary civil military fusion impossible?"
「中国が民軍融合を強制的に制度化しているのに、なぜ我々は自発的な民軍融合を不可能にするのか」
第二次大戦では10万人が直接任官(ダイレクト・コミッション)で軍に入った。その権限は今も存在するが、使われていない。サンカーは24歳では軍に与えられるものは少なかったかもしれないが、44歳なら全ての失敗とノウハウを持っている、と語る。
サンカーが語る再工業化とAI(25)対談の中盤、話題はSaaS産業の未来に移る。「AIでSaaSは崩壊するのか?」という問いに対して、サンカーは独自のフレームワークを提示した。
"What software is really fundamentally about beta and what software is about alpha."
「そのソフトウェアが本質的にBeta(汎用)なのか、Alpha(差別化)なのかが問題だ」
Beta型SaaSは、導入すれば競合他社と「同じ」になれるソフトウェア。業界標準のERP、タスク管理、経費精算のように、共通機能を提供する層だ。サンカーは、この領域ほど AI と内製化の圧力を受けやすいとみる。
Alpha型SaaSは、企業の競争優位そのものを表現・強化するソフトウェア。顧客固有のデータと業務ロジックを組み込み、他社との差別化を直接支援する。AI時代にはむしろ追い風になる。
Alpha型 vs Beta型 SaaS比較"No one talked about the $5 billion ERP implementation they did that saved their supply chain because all of them fell over like paper tigers in two weeks."
「50億ドルのERP導入がサプライチェーンを救ったと語ったCEOは一人もいなかった。全員が2週間で紙の虎のように崩れ落ちた」
パンデミック時にCEOたちが決算コールで語ったのはZoomとTeamsの価値だった。何十億ドルもかけた汎用ERPは、肝心な場面で機能しなかった。サンカーはこれを「SaaS産業へのスプートニク・モーメント」と呼ぶ。だが業界はその教訓を直視していない。
"Our theory has always been the value is going to accrue in two places: at the chips layer and at the AI infrastructure layer."
「価値はチップ層とAIインフラ層(オントロジー層)の2か所に集中する」
モデル企業はコモディティ化の圧力にさらされ、上(アプリ)にも下(インフラ)にも拡張を余儀なくされている。自社のソフトウェア投資がAlpha型なのかBeta型なのか──この問いは、AI時代の経営判断の出発点になる。
対談の終盤、サンカーは最も哲学的な主張を展開した。
"What always irks me about how we talk about AI is as if somehow we have no human agency. AI is going to do X. No, that's not right. Humans are going to use AI to do X."
「AIについての語り方でいつも腹が立つのは、まるで人間に主体性がないかのように話すことだ。AIがXをする?違う。人間がAIを使ってXをする」
"Today when we listen to the AI doomerism, we're listening to the inventors who are incredibly smart. But just like their creations, they have their own jagged intelligence."
「AI破滅論を語っているのは発明者たちだ。彼らは驚くほど頭がいい。だが彼らの創造物と同じく、彼らの知性も歪(いびつ)だ」
ガリレオが望遠鏡を発明したわけではない。彼はそれを使って惑星運動を発見した。顕微鏡も織機もパソコンも同じだ。技術の未来は発明者ではなく、使い手(wielder)が決める。
1970年代以降、GDPの成長と賃金の成長が乖離した。サンカーはAIこそ、この断絶を修復する歴史的チャンスだと説く。
"The great lie of globalization is that we can do the innovation over here and we're going to have the production go over there. Well, guess what? Innovation is a consequence of productivity. If you don't make the thing, you can't innovate on how you make the thing."
「グローバリゼーションの大嘘は、イノベーションはここで、生産はあちらで、という分業だ。イノベーションは生産性の結果だ。作らない者に、作り方のイノベーションはできない」
彼の議論は、製造と研究開発を切り離しすぎるとイノベーションも弱る、という点に集約される。AI を語るときも、抽象的な研究開発だけでなく、現場の運用や生産と結びついた学習ループが必要だという主張である。
サンカーは Intel や Boeing を例に、財務判断が engineering judgement を上回り続けると競争力を損なうと警告する。
Intelの伝説的CEO、アンディ・グローブは年次セールスキックオフでこう言っていた。
"Just remember, it's the engineers who create all the value. You guys just move it around."
「忘れるな。価値を作るのはエンジニアだ。君たちはそれを動かしているだけだ」
財務工学と本物のエンジニアリングを混同した企業は、最終的に崖から落ちる。これはテック企業に限らない。
サンカーが語るAIと人間の主体性(40)"I think our biggest risk as a country is suicide, not homicide."
「国家として最大のリスクは自殺であって、他殺ではない」
ビッグデータ統合・分析プラットフォームを提供するテック企業(NYSE: PLTR)。2003年創業。Foundry(データ統合基盤)や AIP(AI Platform)のような製品群を通じて、政府機関と商業企業の両方にサービスを提供している。
2017年に Pentagon 内で始まった、無人機映像の解析へ機械学習を持ち込む取り組みとして語られることが多いプロジェクト。動画では、小さな実験が後により大きな導入へつながった例として位置づけられている。
1993年7月21日、国防長官レス・アスピンが防衛企業幹部をPentagonの夕食会に招き、「統合しなければ消滅する」と通告した出来事。Martin Marietta会長ノーム・オーガスティンが命名。結果、防衛元請けは51社から5社(Lockheed Martin、Boeing、Raytheon、General Dynamics、Northrop Grumman)に統合された。
全SaaSが崩壊するわけではない。サンカーのフレームでは、Beta型(汎用)SaaS──誰でも同じ機能を使える──ほど AI と内製化の圧力を受けやすい。一方、Alpha型(差別化)SaaS──企業の競争優位を直接支援する──は、むしろ価値の源泉になりうる。自社のSaaS投資がどちらに近いかを問うのが判断基準だ。
組織の常識に反する変革者のこと。サンカーは歴史的に、防衛イノベーションの「ほぼ全て」がヘレティックの仕事だったと論じる。ただし重要なのは、ヘレティックを守るリーダーの存在。ジョン・ボイドを守った空軍の三つ星将軍のように、異端者を保護する人がいなければ変革は実現しない。
F-16の設計思想を生んだジョン・ボイド大佐の言葉。「誰かになるか(Be)、何かをなすか(Do)。両方はできない」。出世を取るか、本当に重要な仕事を取るか──キャリアの根本的な二択を突きつける哲学。
対談でのサンカーの見解では、価値は チップ層 と AIインフラ層(オントロジー) に集まりやすい。これは episode 内で提示された仮説であり、彼はモデル層だけでは防御しにくいと見ている。
この記事は以下の動画を参考に作成しました:
本記事はネクサフローのAI研究シリーズの一部です。
この記事の著者

代表取締役
早稲田大学卒業後、ソフトバンク株式会社にてAI活用やCEO直下案件のプロジェクトマネージャーに従事。その後、不動産スタートアップPit in株式会社の創業、他スタートアップでの業務改善・データ活用を経験後、2023年10月、株式会社ネクサフローを創業し代表取締役CEO就任。