バリューベースプライシング失敗例|よくある誤解と回避方法5選
AIサマリー
バリューベースプライシングの典型的な失敗パターン5つと、よくある誤解を解説。コスト・競合・バリュー3手法の使い分けマトリクスで、いつバリューベースを使わないべきかを明らかにします。

「バリューベースなら高く売れる」は誤解です。5つの典型的失敗パターンと、3手法の使い分けを学び、適切な価格戦略を選択しましょう。
本記事の表記について
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この記事でわかること
- 5つの失敗パターン: 顧客価値の過大評価、営業スキル不足、競合無視など典型的な失敗ケース
- よくある誤解: 「バリューベースが最善」「コスト無視でOK」などの誤解を解消
- 使い分けの判断基準: いつバリューベースを使わないべきか、3手法の選択フレームワーク
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| トピック | バリューベースプライシングの失敗回避 |
| カテゴリ | プライシング戦略 |
| 難易度 | 中級 |
| 対象読者 | 事業責任者、プロダクトマネージャー、経営企画 |
| シリーズ | バリューベース全8回の第7回 |
典型的な5つの失敗パターン
バリューベースプライシングの実装で、実務担当者が陥りやすい失敗パターンを解説します。
失敗1:顧客価値を過大評価してしまう
状況
自社視点で「これだけの価値がある」と算定したWTP(支払意思額)が、実際の顧客感覚と乖離するケースです。
具体例
営業支援SaaSが「営業工数を月100時間削減」と算定し、時給3,000円換算で月30万円の価値があると判断しました。しかし顧客企業にとっては、「削減した時間を他の営業活動に充てられるか不明」「学習コストが高い」などの要因で、実際のWTPは15万円でした。
なぜ起こるのか
- ベネフィットを過大に見積もる(希望的観測)
- 顧客の視点からの検証不足
- 競合との比較を怠る
回避方法
- WTP測定を複数手法で検証(PSM分析、コンジョイント分析、顧客インタビュー)
- 初期顧客からのフィードバックループを構築
- 価値訴求を段階的に引き上げる(低めから始めて調整)
詳細は第3回「WTP測定手法」を参照してください。
失敗2:営業チームが価値を訴求できない
状況
WTPを正しく測定しても、営業が顧客に「なぜこの価格なのか」を説明できず、価格交渉で値下げに応じてしまうケースです。
具体例
産業用ロボットメーカーが、顧客の年間コスト削減500万円から価格200万円を設定しました。しかし営業担当者が「稼働率向上」「人件費削減」を定量的に説明できず、顧客は競合の150万円の製品を選びました。
なぜ起こるのか
- 営業が「価格提示」に慣れすぎている(価値訴求の経験不足)
- 社内でのトレーニング不足
- 価値計算ツール・資料が未整備
回避方法
- 営業向けの価値訴求トレーニングを実施
- ROI計算ツールを営業に提供
- 成功事例を社内で共有(ベストプラクティスの標準化)
第5回「営業チームの価値訴求スキル」で具体的な育成方法を解説しています。
失敗3:競合を無視して市場から乖離
状況
顧客価値から算定した価格が、競合価格や市場感覚と大きく乖離し、「高すぎて売れない」状況になるケースです。
具体例
新規参入のCRMツールが、既存の競合製品(月額1万円)と比較して、独自機能の価値から月額3万円に設定しました。機能的には優れていましたが、顧客は「CRMに3万円は高すぎる」と感じ、導入が進みませんでした。
なぜ起こるのか
- 市場の価格帯(アンカリング)を無視
- 競合分析が不十分
- 「価値があれば売れる」という過信
回避方法
- バリューベースで「上限」を設定し、競合ベースで「市場感」を確認
- 段階的な価格引き上げ(ローンチ時は市場価格に近づけ、徐々に引き上げ)
- 競合分析を定期的に実施
競合ベースとの併用方法は既存記事「競合ベースプライシング入門」を参照してください。
失敗4:定量化できない価値に依存
状況
「ブランドイメージ」「従業員満足度」など、定量化困難な価値を根拠に価格設定し、顧客に納得されないケースです。
具体例
デザインコンサルティング企業が、「ブランド向上による将来的な売上増」を根拠に高額な価格を提示しました。しかし顧客は「具体的にいくら売上が増えるのか不明」と判断し、より安価な競合を選択しました。
なぜ起こるのか
- 無形価値を過度に重視
- 顧客視点での価値定義が欠如
- ROIを示せない
回避方法
- 定量化可能な価値(コスト削減、売上増、時間短縮等)を主軸に
- 定性的価値は補助的に使用
- 「○○の事例では売上XX%増」など、過去実績を提示
EVC(経済的顧客価値)の測定方法は第4回「EVC測定」で解説しています。
失敗5:価格コミュニケーション不足
状況
価格の根拠を顧客に十分に説明せず、「なぜこの価格なのか」が伝わらないケースです。
具体例
HR-Tech企業が「採用コスト削減」を根拠に価格を設定しましたが、Webサイトや営業資料で「具体的にいくら削減できるか」を明示しませんでした。顧客は「高い」と感じ、価格交渉で値引きを要求しました。
なぜ起こるのか
- 価格の正当性を「説明しなくても伝わる」と過信
- 営業資料・Webサイトで価値訴求が不足
- 価格コミュニケーション戦略の欠如
回避方法
- Webサイト・営業資料でROIを明示(「平均○○万円のコスト削減」等)
- 価格設定の根拠を透明化(Everlaneの「Radical Transparency」モデル参照)
- 顧客向けのROI計算ツールを提供
5つの失敗パターンよくある3つの誤解
バリューベースプライシングに関する誤解を解消します。
誤解1:「バリューベースが最善の手法」
誤解の内容
「バリューベースは最も利益率が高いから、常に採用すべき」という考え方です。
現実
バリューベースが機能するのは、以下の条件を満たす場合のみです。
| 条件 | 説明 |
|---|---|
| 差別化ポイントが明確 | 競合と比較して明確な価値提供がある |
| 顧客価値が定量化可能 | ROI、コスト削減、売上向上等を測定できる |
| 営業スキル | 価値を「語れる」営業がいる |
| 顧客との対話機会 | B2Bなど、顧客と直接対話できる |
コモディティ商品や価格競争が激しい市場では、バリューベースは適しません。この場合、コストベース(下限確保)や競合ベース(市場価格追従)が現実的です。
正しい理解
バリューベースは「最善」ではなく、「差別化が強い製品に有効な選択肢の1つ」です。
誤解2:「コストを無視してOK」
誤解の内容
「バリューベースは顧客価値から決めるので、コストは考慮不要」という考え方です。
現実
コストは「下限」として必ず確認する必要があります。コストを下回る価格では、長期的に事業が成立しません。
正しいアプローチ
1. コストベースで「下限」を設定(赤字にならない最低価格)
2. バリューベースで「上限」を設定(顧客のWTP)
3. 競合ベースで「市場感」を確認
4. 下限〜上限の範囲内で最適価格を決定
コストベースの詳細は既存記事「コストプライシングの神髄」を参照してください。
正しい理解
バリューベースは「コストの代わり」ではなく、「コストに加えて顧客価値を考慮する手法」です。
誤解3:「高く売れる魔法の手法」
誤解の内容
「バリューベースを使えば、どんな製品でも高く売れる」という考え方です。
現実
高く売れるのは、「顧客が価値を認識している場合のみ」です。以下のケースでは機能しません。
| ケース | なぜ機能しないか |
|---|---|
| 差別化できない製品 | 顧客は価格で判断する |
| 市場価格が確立している | 顧客は相場感を持っている(アンカリング) |
| 価値訴求が不十分 | 営業が説明できない |
正しい理解
バリューベースは「価値を適正に価格に反映する手法」であり、「価値がない製品を高く売る手法」ではありません。
いつバリューベースを使わないべきか
バリューベースが不向きな5つの状況を解説します。
1. コモディティ化した市場
状況
製品・サービスの差別化が困難で、顧客が価格で判断する市場です。
理由
差別化ポイントがないため、顧客のWTPは市場価格に収束します。バリューベースで算定しても、結局競合価格と同じになります。
推奨アプローチ
- コストベース(下限確保)+ 競合ベース(市場価格追従)
具体例
一般的な小売業(スーパーマーケット、コンビニ等)では、商品の差別化が難しく、価格競争が中心です。
2. 価格感度が極めて高い市場
状況
顧客が価格にのみ関心を持ち、わずかな価格差で購買行動が変わる市場です。
理由
顧客が「価値」よりも「価格」を優先するため、価値訴求が機能しません。
推奨アプローチ
- コストベース(徹底的なコスト削減)
具体例
格安航空会社(LCC)市場では、顧客は価格を最優先し、サービス品質への期待は低いです。
3. 営業チームのスキルが不足
状況
営業が「価格提示」に慣れており、価値訴求の経験・スキルが不足している状態です。
理由
バリューベースは営業の説明力に依存します。スキルがなければ、価格交渉で値引きに応じるリスクが高まります。
推奨アプローチ
- 初期:競合ベース(市場価格を参考に)
- トレーニング後:バリューベースに移行
具体例
スタートアップで営業チームが未熟な場合、まず市場価格を参考にし、チームが成熟してからバリューベースに移行します。
4. 顧客価値の測定コストが高すぎる
状況
WTP測定に時間・コストがかかりすぎて、ROIが合わない場合です。
理由
B2C(大量の顧客)や低単価商品では、WTP測定コストが収益を上回ります。
推奨アプローチ
- 競合ベース(市場価格を参考)+ A/Bテスト(限定的な検証)
具体例
ECサイトの低単価商品(数百円〜数千円)では、個別にWTPを測定するよりも、A/Bテストで価格を検証する方が効率的です。
5. 市場参入初期で競合が多い
状況
新規参入で、既に多くの競合が存在し、市場価格が確立している状態です。
理由
顧客は既存の市場価格に「アンカリング」されています。大きく乖離した価格では、顧客が「高すぎる」と感じます。
推奨アプローチ
- 競合ベース(市場価格に近づける)→ 段階的にバリューベースに移行
具体例
CRM市場に新規参入する場合、まず市場価格帯(月額1万円〜3万円)に合わせ、ブランドが確立してから価格を引き上げます。
3手法の使い分けマトリクス
コスト・競合・バリューの3手法を、どのような状況で使うべきかを整理します。
3手法の使い分けマトリクス使い分けの判断軸
| 判断軸 | コストベース | 競合ベース | バリューベース |
|---|---|---|---|
| 差別化度 | 低い | 中程度 | 高い |
| 市場成熟度 | どの段階でも | 成熟市場 | 成長市場 |
| 競合の数 | 多い | 多い | 少ない |
| 顧客価値の定量化 | 不要 | 不要 | 必須 |
| 営業スキル要求 | 低い | 中程度 | 高い |
| 主な目的 | 赤字回避 | 市場価格追従 | 利益最大化 |
実務での組み合わせ方
実務では、3手法を組み合わせて使います。
ステップ1:コストベースで下限を設定
下限価格 = 原価 + 最低限の利益
これ以下では赤字になる最低価格を把握します。
ステップ2:バリューベースで上限を算定
上限価格 = 顧客のWTP(支払意思額)
顧客が「いくらまで払うか」を測定します。
ステップ3:競合ベースで市場感を確認
市場価格帯 = 競合価格の範囲
競合価格から大きく乖離していないか確認します。
ステップ4:最適価格を決定
最適価格 = max(下限, min(上限, 市場価格帯の上限))
下限〜上限の範囲内で、競合・差別化・利益目標を考慮して決定します。
詳細は既存記事「プライシングの3大アプローチ」を参照してください。
よくある質問(FAQ)
Q1. バリューベースとコストベースは併用できますか?
はい、併用が推奨されます。コストベースで「下限」(赤字にならない最低価格)を設定し、バリューベースで「上限」(顧客のWTP)を設定します。この幅の中で最適価格を決定するのが現実的なアプローチです。
Q2. バリューベースで失敗した場合の対処法は?
以下の順序で対処します。
- 失敗の原因を特定(価値過大評価、営業スキル、市場乖離のどれか)
- 競合ベースに一時的に戻す(市場価格を参考に)
- WTPを再測定、営業トレーニングを実施
- 段階的にバリューベースに再挑戦
詳細は第8回「バリューベース導入の実践ロードマップ」で解説します。
Q3. 競合が少ない市場でもバリューベースは失敗しますか?
競合が少なくても、以下の場合は失敗します。
- 顧客価値を過大評価している
- 営業が価値訴求できない
- 顧客が価格に敏感(価値よりも価格を重視)
競合の有無だけでなく、顧客の価値認識と営業スキルが重要です。
Q4. 「価値があるのに高すぎて売れない」状況への対処法は?
段階的な価格戦略が有効です。
- 初期:市場価格に近い価格でスタート
- ブランド確立後:徐々に価格を引き上げ
- 価値訴求を強化(ROI計算ツール、事例紹介等)
Tesla、Appleなど、多くの成功企業がこの戦略を採用しています。
Q5. バリューベースの成功率を上げる方法は?
以下の3つが重要です。
- WTP測定の精度向上: 複数手法(PSM、コンジョイント、顧客インタビュー)で検証
- 営業トレーニング: 価値訴求スキルの向上
- 継続的なフィードバック: 顧客からの反応を収集し、価格・価値訴求を調整
第6回「業界別バリューベース事例」で成功事例を紹介しています。
まとめ
主要ポイント
- 5つの失敗パターン: 顧客価値の過大評価、営業スキル不足、競合無視、定量化困難な価値依存、コミュニケーション不足が典型的な失敗原因
- よくある誤解: 「バリューベースが最善」「コスト無視でOK」「高く売れる魔法」はすべて誤解。状況依存で適切な手法を選ぶ
- 使い分けの重要性: コストで下限、バリュー/競合で上限を設定し、その幅の中で最適価格を決定するのが実務的なアプローチ
次のステップ
- 自社の状況を診断(差別化度、営業スキル、市場成熟度)
- 3手法の組み合わせを検討(コスト+競合、コスト+バリュー等)
- 第8回「バリューベース導入の実践ロードマップ」で具体的な導入手順を学ぶ
関連記事
シリーズ入口
バリューベースプライシング入門 - 顧客価値から価格を決める手法の基本概念
他の手法を学ぶ
- プライシングの3大アプローチ - コスト・競合・バリューの選び方
- コストプライシングの神髄 - なぜ今も選ばれるのか
- 競合ベースプライシング入門 - いつ使うべきか
参考リソース
- Nagle, T. T., & Holden, R. K. (2002). The Strategy and Tactics of Pricing (3rd ed.). Prentice Hall.
- Hinterhuber, A. (2008). Customer value-based pricing strategies: why companies resist. Journal of Business Strategy, 29(4), 41-50.
- Monroe, K. B. (2003). Pricing: Making Profitable Decisions (3rd ed.). McGraw-Hill.
- Anderson, J. C., & Narus, J. A. (1998). Business marketing: understand what customers value. Harvard Business Review, 76(6), 53-65.
本記事はネクサフローのプライシング研究シリーズの一部です。


