SaaSの価格改定で失敗する5つのパターン|Netflix・Evernote・Adobeの事例から学ぶ
AIサマリー
Netflix、Evernote、Adobeなど実際の失敗事例から、SaaS価格改定で避けるべき5つのパターンと具体的な回避策を解説します。

SaaS業界では、価格改定の失敗が企業の成長を止めることがあります。Netflix、Evernote、Adobeといった大手企業でさえ、価格戦略の誤りで大きな代償を払ってきました。
本記事では、実際の失敗事例から「避けるべき5つのパターン」を抽出し、あなたが同じ轍を踏まないための具体的な回避策を解説します。
この記事でわかること
- 失敗パターンの理解: 実際の企業事例から、価格改定で失敗する5つの典型パターン
- 回避策の把握: 各パターンに対する具体的な対処法とベストプラクティス
- 実践フレームワーク: 自社の価格改定を成功させるためのチェックリスト
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| トピック | SaaS価格改定の失敗パターン |
| カテゴリ | 事例分析 |
| 難易度 | 初級〜中級 |
| 対象読者 | SaaSのプロダクトマネージャー、事業責任者、経営者 |
価格改定の5つの失敗パターンなぜ今、価格改定の失敗を学ぶべきか
SaaS業界の価格インフレは加速しています。SaaStr社の2025年調査によると、SaaS製品の価格上昇率は前年比 11.4% です。これはG7諸国の平均インフレ率 2.7% の約5倍にあたります。
値上げに踏み切る企業が増える中、失敗のリスクも高まっています。
失敗パターン1: 突然の大幅値上げ
事例: Evernote(2023年)
2023年、Bending Spoonsに買収されたEvernoteは、価格を大幅に引き上げました。
| 変更内容 | Before | After | 上昇率 |
|---|---|---|---|
| 年間プラン | $69.99 | $129.99 | 86% |
| 月額プラン | $7 | $14 | 100% |
さらに、無料プランには「50ノート、1ノートブック、1デバイス」という厳しい制限が課されました。
ユーザーフォーラムには批判が殺到しました。
"I'm currently paying 69.99 per year and you want to increase my plan to 129.99. That's crazy."
「年間69.99ドル払っているのに、129.99ドルに上げるって?正気じゃない」
— Evernoteユーザーフォーラムより
結果として、多くのユーザーがNotionやObsidianといった競合サービスへ移行しました。
なぜ失敗したのか
アンカリング効果を無視したためです。
人間は「現在支払っている金額」を基準点(アンカー)として認識します。そこから80〜200%も価格が上がると、「不当に高い」と感じます。
数年に一度の大幅値上げよりも、短期間での段階的な値上げの方が受け入れられやすい傾向があります。一度に大きく上がると「損をした」という印象が強くなるためです。
突然の大幅値上げ vs 段階的な値上げ回避策
- 段階的に値上げする: ProfitWell創業者Patrick Campbell氏の研究によると、5〜10%程度の小幅な値上げは解約への影響が最小限に抑えられる一方、大幅な値上げは指数関数的に解約率を上昇させます(Monetizely)
- 事前に予告する: 業界のベストプラクティスでは、最低30〜60日前、理想的には90日前の告知が推奨されています(Kalungi)
- 移行期間を設ける: 既存顧客には旧価格を一定期間維持する
失敗パターン2: 価値向上なき値上げ
なぜこのパターンが危険なのか
機能やサービスの改善を伴わない値上げは、顧客に「搾取されている」という印象を与えます。
WinSavvy社の分析によると、サービス改善を伴わない値上げでは、解約率が最大15%上昇するとされています(WinSavvy)。また、Price Intelligently社の調査では、価値と価格が整合している企業は、そうでない企業と比べて解約率が30%低いという結果が出ています(Monetizely)。
顧客の典型的な反応は以下の通りです。
- 「製品が良くなっていないのに、なぜ高くなるのか」
- 「自分たちの依存を搾取されている」
- 「競合への乗り換えを検討すべきでは」
さらに悪いことに、競合他社は価格改定のニュースを即座にキャッチし、数日以内に顧客へアプローチを開始することがあります。
なぜ失敗したのか
価値と価格の乖離です。
顧客は「支払う価格」と「得られる価値」を常に天秤にかけています。価値が変わらないのに価格だけが上がると、その天秤は一気に傾きます。
価値と価格のバランス回避策
- 値上げと機能強化をセットにする: 新機能、性能改善、サポート強化など
- 価値を言語化する: 「なぜこの価格なのか」を明確に説明する
- 投資対効果を示す: 顧客が得られる具体的なメリット(コスト削減額、時間短縮など)を数値で示す
移行オプションの効果
値上げと同時に「移行オプション」(延長契約、既存顧客優遇、段階的移行)を提供することで、顧客の解約を大幅に抑えられることが報告されています。
失敗パターン3: 移行オプションなしの一斉変更
事例: Netflix Qwikster事件(2011年)
2011年、Netflixは大きな戦略変更を発表しました。DVDレンタルサービスを「Qwikster」という別会社に分離し、それぞれ別料金で提供するというものです。
これにより、両方のサービスを使っていた顧客は実質的に60%の値上げに直面しました。
結果は壊滅的でした。
| 指標 | 変化 |
|---|---|
| 株価 | 80%下落 |
| 会員数 | 大量流出 |
| ブランドイメージ | 大きく毀損 |
わずか数週間後、NetflixはQwikster計画を撤回しました。
なぜ失敗したのか
選択肢を奪ったからです。
顧客は「今まで通り使いたい」という選択肢を求めていました。しかしNetflixは「新しい方法で使うか、去るか」の二択しか提示しませんでした。
人は選択肢を奪われると強い反発を覚えます。「自由を制限された」と感じると、かえってその自由を取り戻そうとする心理が働くのです。
選択肢なし vs 複数の選択肢回避策
- Grandfather Pricing(既存顧客優遇)を導入する: 既存顧客には旧価格・旧プランを維持する選択肢を与える
- 移行期間を設ける: 新価格への移行に十分な時間を与える
- オプトインを基本にする: 自動移行ではなく、顧客が選択できる仕組みにする
注意点
Grandfather Pricingは短期的には収益を圧迫しますが、長期的には顧客維持とブランド信頼の維持に貢献します。新規顧客のみに新価格を適用する方法もあります。
失敗パターン4: 隠れた料金・解約障壁
事例: Adobe Creative Cloud(2024年FTC訴訟)
2024年、Adobe はFTC(米国連邦取引委員会)から訴訟を起こされました。
訴状によると、Adobeは以下の行為を行っていました。
- 「年間契約・月払い」プランに顧客を誘導しつつ、途中解約時の高額なペナルティを十分に説明しなかった
- 解約手続きを意図的に複雑化し、何度もページ遷移させたり、電話を切断したりした
- 解約したはずの顧客に請求を続けたケースも報告された
FTCのSamuel Levine局長は次のように述べています。
"Adobe trapped customers into year-long subscriptions through hidden early termination fees and numerous cancellation hurdles."
「Adobeは隠れた早期解約手数料と多数の解約障壁によって、顧客を年間契約に閉じ込めた」
— FTC発表より
2025年現在、Adobeは株価下落とユーザー離れに直面しています。
なぜ失敗したのか
問題は、重要な情報を意図的にわかりにくくしたことです。解約手数料の存在を目立たない場所に記載し、解約手続き自体も複雑にすることで、ユーザーが契約から抜け出しにくい状況を作りました。
短期的には解約を防げるかもしれませんが、長期的には以下の代償を払います。
- 規制当局からの制裁
- ブランドイメージの毀損
- SNSでの炎上
- 訴訟リスク
隠れた料金 vs 透明な料金体系回避策
- 透明性を最優先する: 料金体系、契約条件、解約条件を明確に表示する
- 解約を簡単にする: 「解約しやすい」ことは信頼構築につながる
- 隠れた料金をなくす: すべてのコストを事前に開示する
失敗パターン5: コミュニケーション不足
なぜこのパターンが危険なのか
価格改定で失敗した多くの企業に共通するのが、コミュニケーションの不足です。
EvernoteやNetflixの事例でユーザーフォーラムを分析すると、顧客の不満の多くは「価格そのもの」ではなく、「なぜ値上げするのか説明がない」「唐突すぎる」という点に集中していました。
顧客が感じる典型的な不満は以下の通りです。
- 「なぜ今なのか説明がない」
- 「自分たちの声は聞いてもらえない」
- 「会社都合を押し付けられている」
つまり、「なぜ値上げするのか」が伝わっていないことが問題なのです。
なぜ失敗したのか
一方的な通知になってしまったからです。
価格改定は、顧客との「対話」であるべきです。一方的に「来月から値上げします」と通知するだけでは、顧客は「自分たちの声は聞いてもらえない」と感じます。
一方通行 vs 双方向コミュニケーション回避策
- 事前に理由を説明する: 「なぜ値上げが必要なのか」を具体的に伝える
- 十分な予告期間を設ける: 理想は6ヶ月前、最低でも3ヶ月前
- フィードバックの機会を設ける: 一方的な通知ではなく、対話の姿勢を示す
- 代替案を提示する: ダウングレードオプションなど、選択肢を用意する
成功する価格改定のフレームワーク
失敗パターンを避けるために、以下のフレームワークを活用してください。
価格改定の成功と失敗の比較ステップ1: 小規模テストを実施する
いきなり全顧客に適用するのではなく、まず5%程度のテストグループで検証します。
Dock社のSaaS価格戦略ガイドでは、以下のように推奨されています。
"Don't rip the Band-Aid off for everyone at once. Pilot with a subset of new customers to gather feedback and validate the new model."
「全員に一度にやらないこと。新規顧客の一部でパイロット実施し、フィードバックを集めて新モデルを検証する」
ステップ2: 移行オプションを用意する
| オプション | 内容 |
|---|---|
| Grandfather Pricing | 既存顧客は旧価格を維持 |
| 延長契約 | 早期更新で旧価格をロック |
| 段階的移行 | 2〜3回に分けて新価格へ移行 |
| ダウングレードパス | 低価格プランへの移行を可能に |
ステップ3: 価値を言語化する
値上げの理由を具体的に説明します。
悪い例: 「市場環境の変化により価格を改定します」
良い例: 「過去1年で追加した機能X、Y、Zにより、お客様の業務効率は平均30%向上しています。この継続的な改善を支えるため、価格を改定させていただきます」
ステップ4: 十分な予告期間を設ける
業界のベストプラクティスでは、顧客が予算計画や意思決定を行うための「十分な時間」を確保することが重視されています(Kalungi、HubSpot)。
告知期間の目安
具体的な期間は業界や顧客特性により異なりますが、一般的には以下が参考になります:
- 最低30日前: 小規模な変更でも最低限必要な期間
- 60〜90日前: 予算サイクルを考慮した標準的な期間
- 大企業向け: 予算策定サイクル(四半期・年度)に合わせて早めに告知
よくある質問(FAQ)
Q1. 値上げ幅の適正範囲はどのくらいですか?
ProfitWell創業者Patrick Campbell氏の研究によると、価格感度は対数曲線に従います(Monetizely)。 5〜10%程度の小幅な値上げ は解約への影響が最小限ですが、それを超えると解約率が指数関数的に上昇する傾向があります。大幅な値上げが必要な場合は、複数回に分けて段階的に実施することを推奨します。
参考データ: McKinsey社の分析によると、価格改定の実行が不十分な場合、解約率が通常より 15%以上 上昇する可能性があります(同上)
Q2. 既存顧客と新規顧客で価格を分けるべきですか?
既存顧客と新規顧客で価格を分けること(Grandfather Pricing)は、顧客維持に効果的なアプローチです。顧客は「既存の契約条件が尊重された」と感じ、信頼関係が維持されます。ただし、長期的には価格体系が複雑化するリスクがあるため、移行期間を設けた段階的な統一も検討してください。
Q3. 値上げを発表するタイミングはいつが良いですか?
業界のベストプラクティスでは、顧客が予算計画を調整できる「十分な時間」を設けることが重視されています(Kalungi)。一般的な目安として、小規模な変更でも最低30日前、大きな変更や大企業顧客には60〜90日前以上の告知が望ましいです。顧客の予算サイクル(四半期・年度)を考慮して時期を設定してください。
Q4. 値上げに対するクレームにはどう対応すべきですか?
Simon-Kucher & Partners社の調査によると、機能強化と紐づけた値上げは、そうでない値上げと比較して抵抗が50%少ないという結果が出ています(Monetizely)。クレーム対応では、まず傾聴し、値上げの理由(コスト増、機能強化など)を具体的に説明します。その上で、代替案(ダウングレードプラン、延長契約での旧価格維持など)を提示してください。一律の値引きは避け、個別対応を基本にします。
Q5. 値上げ後に解約率が上がった場合、撤回すべきですか?
すぐに撤回するのは避けてください。Slackの事例では、**ネットリテンション率143%**を達成し、既存顧客からの収益拡大に成功しました(SEC S-1提出資料)。まずデータを分析し、どのセグメントで解約が増えているかを把握します。その上で、特定セグメントへの対応策(追加オプション、ダウングレードパスの提供など)を検討します。完全撤回はブランドの一貫性を損なうリスクがあり、最終手段としてください。
まとめ
5つの失敗パターンと回避策
| # | 失敗パターン | 代表事例 | 回避策 |
|---|---|---|---|
| 1 | 突然の大幅値上げ | Evernote | 段階的な小幅値上げ |
| 2 | 価値向上なき値上げ | — | 機能強化とセットで実施 |
| 3 | 移行オプションなし | Netflix | Grandfather Pricing導入 |
| 4 | 隠れた料金・解約障壁 | Adobe | 透明性の確保 |
| 5 | コミュニケーション不足 | — | 十分な予告期間での事前告知 |
次のステップ
- 自社の価格改定計画を5つのパターンに照らし合わせる: どのリスクが該当するか確認する
- 小規模テストを計画する: 全顧客適用前に5%テストを実施する
- コミュニケーション計画を作成する: 予告期間、説明内容、代替案を整理する
参考リソース
事例・ニュース
- The Great SaaS Price Surge of 2025 - SaaStr
- Case Study: The Aftermath of a Failed Price Increase - Monetizely
- The Netflix Effect: What SaaS Can Learn from Netflix's Pricing Backlashes - Monetizely
- FTC Takes Action Against Adobe - FTC
調査・研究データ
- Price Increases vs. Retention: Modeling the Trade-Off for SaaS Success - Monetizely - ProfitWell、McKinsey、Simon-Kucher & Partnersの調査データを引用
- Churn Rate Analysis in SaaS - Monetizely - Price Intelligentlyの価格と解約率の研究
- Churn vs Price Increases: What the Data Actually Shows - WinSavvy - 価格上昇と解約率の関係
- How to communicate a SaaS pricing increase - Kalungi - 告知期間のベストプラクティス
- How to let customers know about a price increase - HubSpot - 顧客コミュニケーションのガイド
- Slack S-1 Filing - SEC - Slackのネットリテンション率データ
本記事はSaaS価格戦略シリーズの一部です。
この記事の著者

猪良 幸太郎
東京理科大学卒業後、国内独立系コンサルティングファームに入社し、IT・業務コンサルタント兼マネージャーとして業務最適化やシステム導入プロジェクトを経験。その後プライシングスタジオに入社し、執行役員兼ビジネス本部長として顧客のプライシング変革支援をリードする傍ら、自社の新規事業立ち上げの推進にも従事。


