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プライシング

航空券はなぜ「同じ便」で値段が違うのか|フェンス設計の40年史

9分で読める|2026/01/26|
プライシングダイナミックプライシング航空業界ホテルレベニューマネジメント

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B!
航空・ホテルのレベニューマネジメント40年史

1985年1月17日、American Airlinesは座席の一部だけを対象にした割引運賃「Ultimate Super Saver」を発表しました。同じ頃、格安航空会社People Expressは全席同一価格のまま4年間黒字を守っていました。この「一部座席への価格攻撃」が始まると、People Expressは1985年前半のうちに月5,000万ドルの赤字に転落し、2年後に姿を消します。

全席同じ値段だった会社が、なぜ「一部座席だけ同じ値段」を仕掛けられて崩れたのか。この記事はその機構を追います。


原型に戻る理由

このシリーズでは、導入可否の総論(ダイナミックプライシングとは何か)と、価格の受け止められ方(公平性と倫理的設計)を先に書きました。どちらも「価格を動かしてよい条件」を扱っていますが、その条件がどこで発明され、なぜ効いたのかは扱っていません。この記事は、その原型を機構のレベルで押さえるために書きます。


前提:3つの言葉を先に定義する

以降の主張を検証可能にするために、3つの言葉を先に定義し、この記事全体で同じ意味で使います。

フェンス(rate fence) — 事前購入期限、払い戻し可否、滞在日数条件など、価格差を正当化する購入条件のことです。価格そのものではなく、支払う意思が違う客同士が、自分で正しい価格帯に分かれて入っていくための仕切りを指します。

消滅在庫(perishable inventory) — 飛行後の空席や、過ぎてしまった宿泊日のように、時刻を過ぎると価値がゼロになる在庫のことです。ダイナミックプライシングが成立するための前提条件で、この記事の主張の境界線もここで引きます。

RevPARとADR — ホテル業界の成果指標です。ADR(平均客室単価)は客室収益を販売客室数で割った値、RevPARは稼働率とADRの掛け算で、客室あたりの収益を示します。稼働率だけを追うと、安売りで埋めた分の収益悪化を見落とします。


誕生の経緯:値下げではなく、仕切りの発明

1978年:航空規制緩和

すべては1978年の航空規制緩和法(Airline Deregulation Act)から始まります。政府が運賃を決めていた時代が終わり、航空会社は自由に価格を設定できるようになりました。

規制がなくなった直後に伸びたのは、People Expressのような格安航空会社(LCC)でした。既存の大手は、価格競争に引きずり込まれます。

1983年:DINAMOの開発

American AirlinesのCEO、ロバート・クランドール(Robert Crandall)が選んだのは、価格競争に付き合うことではありませんでした。座席ごとの収益を最大化する仕組みの開発です。1983年、同社は「DINAMO」(Dynamic Inventory Optimization and Maintenance Optimizer)の開発に着手します。

“

"Yield management is the single most important technical development in transportation management since we entered deregulation."

「イールドマネジメントは、規制緩和以降の輸送管理における最も重要な技術的進歩だ」

— Robert Crandall, American Airlines CEO

1985年:Ultimate Super Saver

1985年1月17日、American AirlinesはUltimate Super Saver運賃を発表しました。単なる値引きではなく、3つのフェンスがセットになっていました。

  • 事前購入制限: 14日前までに購入
  • 払い戻し不可: キャンセルしても返金なし
  • 座席数制限: 各便の割引席は数量限定

3つのフェンスは、値段を下げること自体が目的ではありません。価格に敏感なレジャー客と、出張で価格を気にしないビジネス客を、顧客自身に選ばせて分けることが目的でした。レジャー客は2週間前の予定が読めるからフェンスを越えられます。出張客は直前まで予定が変わるから越えられません。フェンスは、顧客を仕切るためにあります。


解剖:全席同一価格は、なぜ構造的に負けるのか

People Expressの急成長

People Expressは1981年に運航を開始した格安航空会社です。創業者ドナルド・バー(Donald Burr)は、機内サービスを最小限に絞り、単一機種・ポイントツーポイントの運航に徹し、大手の半額以下の運賃で急成長させました。1981年から1985年まで、同社は黒字を維持し続けます。

崩壊

Ultimate Super Saverが投入されると、状況は1985年前半のうちに反転します。

仕組みは単純です。American Airlinesは座席を二つに分けました。フェンスを越えられる客(14日前予約・キャンセル不可を受け入れる客)には、People Expressと同じか、それ以下の価格を出します。フェンスを越えない座席は、従来通りの高い運賃で売ります。

People Expressにこれを崩す手段はありませんでした。全席同一価格だから、値下げで対抗すれば全便の粗利が消えます。値下げしなければ、価格に敏感な客はAmerican Airlinesの割引運賃に流れます。「安さ」だけを差別化の軸にしていた会社は、同じ安さを一部座席にだけぶつけられると、差別化ポイントを丸ごと失いました。

“

"We were a vibrant, profitable company from 1981 to 1985, and then we tipped right over into losing $50 million a month... We had been profitable from the day we started until American came at us with Ultimate Super Savers."

「1981年から1985年まで活気ある黒字企業だった。それが突然、月5,000万ドルの赤字に転落した。American AirlinesのUltimate Super Saverが始まるまで、創業以来ずっと黒字だったのに」

— Donald Burr, People Express CEO

1987年、People Expressは経営破綻しました。全席同一価格という「フェンスなし」の戦略が、一部座席への選択的なフェンス攻撃に負けた瞬間です。


成果と、数字の限界

American Airlinesのイールドマネジメントは、オペレーションズ・リサーチの実務における最高峰の賞であるINFORMS Edelman Prizeを受賞しました。受賞論文(Smith, Leimkuhler, Darrow, 1992, Interfaces 22(1))が報告する数字は次の通りです。

  • 導入から3年間で、14億ドル(当時レートで約2,100億円)の増収を実現
  • 導入初年度の収益増加率は**+14.5%、利益増加率は+47.8%**

ここで数字を混同しないよう区切っておきます。この14億ドルは、過去3年間の累計実績です。同じ論文はこれとは別に、プログラムが定常化した後の年間ベネフィットを約5億ドルと見積もっています。3年間の累計実績と、将来の年間推計は性格が違う数字で、両方を同じ扱いで並べると、単年の効果を過大にも過小にも見せることになります。この記事で数字として扱うのは、監査可能な実績値(14億ドル、+14.5%、+47.8%)のほうです。


ホテルへの移転:技術ではなく条件が移った

1980年代後半、ホテル業界もレベニューマネジメントを導入し始めました。ただし、航空業界のツールをそのまま持ち込んだわけではありません。移転できたのは、航空とホテルが同じ3条件を共有していたからです。

  • 消滅在庫: 飛行後の空席と同様、宿泊日を過ぎた客室は二度と売れない
  • キャパシティ固定: 機体の座席数と同様、客室数は短期的に変えられない
  • 需要変動: 曜日・季節・イベントで需要の波が大きい

この3条件が揃わない業種に同じ設計を持ち込んでも、同じようには機能しません(在庫が翌日以降も売れる業種については、ECでダイナミックプライシングは機能するかで扱っています)。

Hotel Tech ReportやAltexSoftの報告では、RMS導入後にRevPARが15〜20%向上したとされています。この数字はベンダー各社の実績を集計したもので、単一の監査済みデータではないと見ておいたほうが安全です。

現在は、Duetto、IDeaS、RoomPriceGenie、Atomize、Cloudbedsといった専業ベンダーのRMSが独立系ホテルにも普及しています。各社は需要予測にAI・機械学習を使い、過去データ・天気・イベント・競合価格から価格をリアルタイムで更新しますが、各社が公表する効果指標(RevPAR上昇率や予測精度)は自己申告であることが多く、出典を辿れない数字はこの記事では採用していません。


再ソート:4つの判定条件

40年の歴史を、時系列ではなく「どの条件が揃えば同じ設計が機能するか」という軸で並べ替えると、判定条件は4つに絞れます。

  1. 在庫は消滅するか — 飛行後の空席、過ぎた宿泊日のように、時間が過ぎると価値がゼロになるか
  2. キャパシティは固定か — 短期的に供給量を増やせないか
  3. 支払意思の異なる客を識別できるか — 同じ商品にいくらまで払うかが客によって違うことを、行動データから見分けられるか
  4. フェンスを、顧客が受け入れる明示ルールにできるか — 「14日前予約なら安い」のように、条件と価格差の対応を顧客が事前に読めるか

最初の2つは業種の性質で決まるため、自社では選べません。在庫が翌日も売れる小売やECでは、そもそも1つ目の条件が成立せず、同じ設計は持ち込めません(ECでダイナミックプライシングは機能するかで扱っている境界です)。

残りの2つは設計の問題です。3つ目の判定軸は、ダイナミックプライシングとは何かが挙げる需要変動・在庫制約・説明可能性の軸と重なります。4つ目、フェンスを顧客が受け入れる明示ルールにできるかは、ダイナミックプライシングの公平性でより詳しく扱っています。Ultimate Super Saverの3条件(事前購入制限・払い戻し不可・座席数制限)は、その「顧客が受け入れる明示ルール」の最初の実例だったと言えます。

私は、この4条件のうち日本では条件4(フェンスの受容性)がもっとも詰まりやすいと考えています。条件1〜3(消滅在庫・固定キャパ・支払意思の識別可否)は、業種特性とデータで機械的に判定できます。一方、条件4は「顧客が事前に見える形で受け皿を示せているか」という、画面設計や既存制度(会員価格・招待券・団体料金など)との整合まで含む問題だからです。日本企業の事例で見た通り、同じ「高需要日に価格を上げる」施策でも、安く買える受け皿を購入前の同じ画面で見せているかどうかで、需要ならしとして定着するか、値上げとして炎上するかが分かれます。Ultimate Super Saverが機能したのも、3つのフェンスが「14日前予約なら安い」という単純な事前ルールとして顧客の目に見えていたからで、複雑な計算式を提示したわけではありません。フェンスを設計すること自体より、それを顧客が購入前に確認できる場所に置くことのほうが詰まりやすいはずだ、とみています。

私は、ダイナミックプライシングの本体は「価格を上下させる技術」ではなく「顧客を条件で仕切るフェンスの設計」だと考えています。Ultimate Super Saverが効いたのは価格を下げたからではなく、3つのフェンスでレジャー客とビジネス客を分離したからです。ただし、この言い切りは在庫が消滅し、キャパシティが固定された業種に限ります。在庫が翌日も売れる業種では、同じ設計はそのまま成立しません。


40年前の航空業界が解いたのは、値付けの幅ではなく、仕切り方の設計でした。自社の商材がこの4条件のどこに当てはまるか、まずは自分で分類してみてもらえると、この記事の役目は果たせたことになります。


“

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この記事の著者

猪良 幸太郎

猪良 幸太郎

東京理科大学卒業後、国内独立系コンサルティングファームに入社し、IT・業務コンサルタント兼マネージャーとして業務最適化やシステム導入プロジェクトを経験。その後プライシングスタジオに入社し、執行役員兼ビジネス本部長として顧客のプライシング変革支援をリードする傍ら、自社の新規事業立ち上げの推進にも従事。

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