画面を見てクリックできるAIのベンチマークスコアは、2024年10月の**14.9%から2025年9月には61.4%**まで伸びました(Anthropic公表値、OSWorld)。それなのに、Anthropic自身のドキュメントは2026年5月時点でもComputer Useを「調査プレビュー」のままにし、「画面操作はコネクターより遅い」「複雑な作業では再試行が要る」と書き続けています。
なぜスコアが4倍になっても、製品は正式リリースされないのか。
私はこれを矛盾ではなく、ボトルネックがモデルの能力ではなく別の場所にあることの表れだと見ています。権限をどう区切るか、座標のズレをどう検証するか、失敗したときに誰が確認するか——運用側の準備度が、ベンチマークの伸びとは別の軸で製品の提供状態を決めている、という機構です。
私自身、業務ツールを選ぶときは「APIやコネクターで届く手段があるならそちらを先に検討する」という順序をまず疑う立場です。画面操作は見た目の汎用性が高い分、権限・座標・再試行という運用コストを later に回収する設計になりやすく、その回収コストを甘く見積もりがちだという問題意識を持っています。
この記事は、Claude Desktop(Cowork / Claude Code)とAPIという2つの入口を混同したまま語られがちなComputer Useを、公式ドキュメントの範囲で一度整理し直すための素振りです。結論だけ先に言うと、私はComputer Useを「RPAの置き換え」ではなく、コネクターとブラウザで届かない工程だけを埋める最後の補完レイヤーとして使うべきだと考えています。GUIしか入口がない定型作業には使いますが、金融取引・機密情報が映る画面・無人の本番運用には、現時点では使いません。これはAnthropic自身が「コネクター→ブラウザ→画面操作の順で正確な手段を優先する」「画面操作は遅く、複雑な作業では再試行が要る」と明記していることに立脚した、境界つきの立場です。製品が調査プレビューを外し、権限と再試行の面倒を製品側が吸収するようになれば、この立場は全力で朝令暮改します。
この前提の上で、本記事ではさらに2つの区別を導入します。
「見える性能」と「任せられる性能」の違い——見える性能とは、OSWorldのようなベンチマークで測れる、タスクをやり切る力そのものです。任せられる性能とは、権限設計・座標変換の検証・失敗時の再試行・人手確認まで含めた、実運用に投入できる準備度です。この2つを分けると、「OSWorldが61.4%まで伸びたのに調査プレビューのまま」は矛盾ではなく、見える性能は上がったが任せられる性能の議論がまだ終わっていない、という検証可能な説明になります。
もう一つが補完レイヤーという位置づけです。これは「GUIしか入口がない工程だけを埋める最後の手段」という限定した意味で使い、汎用の自動化基盤や「何でも画面操作でやらせる」という意味では使いません。コネクター・ブラウザ・bashで届く作業はそちらが先、と切り分けられる場合にだけ、Computer Useの出番だと考えています。
製品上の入口ごとに利用条件が分岐するため、先に「どの入口の話か」を分けて読む方が安全です。
| 製品上の入口 | プラン要件 | 対応OS | 提供状態 |
|---|---|---|---|
| Claude Desktop の Cowork | Claude Pro / Max | macOS, Windows | 調査プレビュー |
| Claude Desktop の Claude Code | Claude Pro / Max | macOS, Windows | 調査プレビュー |
| Anthropic API の computer use tool | API キー + beta header | 隔離環境推奨 | beta tool |
| Team / Enterprise プラン | — | — | 提供対象外 |
Let Claude use your computerを有効化する| プラン | 月額(参考) | Computer Use の可否 |
|---|---|---|
| Claude Free | $0 | ❌ |
| Claude Pro | $20 / 月 | ✅ 調査プレビュー |
| Claude Max | $100 / 月〜 | ✅ 調査プレビュー |
| Claude Team | $25 / seat〜 | ❌(提供対象外) |
| Claude Enterprise | 個別見積もり | ❌(提供対象外) |
| Anthropic API(beta) | 利用量課金 | ✅ beta header 必要 |
最新の料金とプラン構成はAnthropic公式Pricingを参照してください。API版は通常のテキスト課金に加え、スクリーンショットの往復で消費tokenが増えやすい点にも注意が必要です。Cowork本体はmacOS / Windowsで一般提供済みですが、Computer Use機能そのものは引き続き調査プレビューです。
出典: Anthropic Help Center「Let Claude use your computer in Cowork」、Anthropic API Docs「Computer use tool」、Anthropic「Pricing」
Computer Useは視覚認識と行動生成を組み合わせたマルチモーダルなシステムです。基本のループは4ステップに要約できます。
mouse_move、left_click、type、keyのような操作をJSON形式で出力するこの仕組みで実務上つまずきやすいのが座標推定です。APIは画像を最長辺1568px程度に縮小してから解析するため、Claudeが返す座標は縮小後の画像空間のものです。実行側で元解像度へ戻す処理をしないとクリックがずれます。computer_20251124ではenable_zoom: trueを付けることで、対象領域をフル解像度で再確認できますが、animationやpopup、複数appをまたぐ作業では、action ごとのscreenshot確認と再試行を前提にした方が安全です。
対応する操作は次の3グループです。
| グループ | 主な action | 補足 |
|---|---|---|
| 基本操作 | screenshot, mouse_move, left_click, type, key | すべてのtool versionで利用可能 |
拡張操作 (computer_20250124) | scroll, left_click_drag, right_click, middle_click, double_click, triple_click, left_mouse_down, left_mouse_up, hold_key, wait | scroll制御やspreadsheet操作の精度改善に使う |
拡張操作 (computer_20251124) | zoom | enable_zoom: trueが必要。小さいUIや高解像度領域の確認に向く |
API版では、beta headerを付けてtoolを定義し、スクリーンショット取得→API呼び出し→操作実行のループを自前で実装します。
import anthropic
client = anthropic.Anthropic()
beta_flag = "computer-use-2025-11-24"
tools = [
{
"type": "computer_20251124",
"name": "computer",
"display_width_px": 1024,
"display_height_px": 768,
"display_number": 1,
"enable_zoom": True
}
]
def run_computer_use_loop(task: str, max_steps: int = 10):
messages = [{"role": "user", "content": task}]
for step in range(max_steps):
screenshot = capture_screenshot()
response = client.beta.messages.create(
model="claude-opus-4-7",
max_tokens=1024,
tools=tools,
betas=[beta_flag],
messages=messages
)
for block in response.content:
if block.type == "tool_use":
result = execute_action(block.input)
messages.append({
"role": "tool",
"tool_use_id": block.id,
"content": result
})
if is_task_complete(response):
break
return response
tool実行・座標変換・error handlingは実装側の責務で、bashやtext editor toolと組み合わせる前提で設計します。beta headerが必要なのはAPI版のcomputer use toolだけで、Claude Desktop上のCowork / Claude Codeの利用手順とは別系統です。
Anthropicの公開資料では、Computer Useの遂行力(見える性能)は急速に上がっています。
| 時点 | 出典 | 読み取れること |
|---|---|---|
| 2024-10-22 | Claude 3.5 Sonnetのmodel card / research post | screenshot-onlyのOSWorld 14.9%、step増加とprompt最適化込みで22.0% |
| 2025-09-29 | Claude Sonnet 4.5 announcement | OSWorld 61.4%まで改善 |
| 2026-05-19時点の現行ドキュメント | Help Center / API Docs | それでも調査プレビュー / betaで、複雑な作業は再試行と人手確認が前提 |
ここで、冒頭の問いに戻ります。なぜスコアが4倍になっても調査プレビューのままなのか。
理由は、Anthropicが上げてきたのが「見える性能」であって、「任せられる性能」の議論を終わらせていないからだと私は読んでいます。Help CenterやAPI Docsが明記する権限モデル——browserはview-only、terminal / IDEはclick-only、それ以外のappはfull controlというapp category単位の固定——は、任せられる性能をまだモデル任せにしていない証拠です。座標変換の検証、複雑UIでの再試行、そして2024年10月にセキュリティ研究者Johann Rehbergerが実証した「ZombAI」——1行のテキスト注入でComputer Useにマルウェアを起動させられた事例——が示すように、画面操作は指示された通りに動くからこそ、悪意ある指示にも従ってしまいます。ベンチマーク比較はmodel、tool version、step budget、agent loopの組み方で数字が動くため、固定のcross-vendor比較表もすぐ古くなります。「見える性能」の伸びを、そのまま「任せられる性能」の証明として読まない方が安全です。
Cowork / Claude Codeでは、コネクター→ブラウザ→画面操作の順でより正確な手段が優先されます。つまりComputer Useは「何でもGUIでやらせる」ための機能ではなく、GUIしか入口がない工程を埋める補完レイヤーとして使うのが実務的です。
適用が現実的な領域:
適用しない領域として私が線を引いているのは、完全無人の本番環境操作、金融取引などのクリティカルな操作、機密情報を扱うシステムでの利用です。これはAnthropic自身の権限モデル(browser view-only等)や「再試行が要る」という記述と整合的な境界のつもりです。
この線引きは、Anthropicが挙げる適用領域(GUI自動化・レガシーシステム連携・テスト自動化)と、権限モデルで明示的に除外されている領域(browser view-only等)を照らし合わせて逆算したものです。「入口がAPIかGUIか」を先に確認し、API・コネクターが使える工程では画面操作を選ばない、という優先順位そのものが、Anthropicの設計思想(コネクター→ブラウザ→画面操作の順で正確な手段を優先)と一致していると考えています。
具体的なユースケーステンプレートや、承認境界つきの指示文の作り方は、Coworkの使い方ガイドの方に譲ります。
Cowork本体のコード実行は分離VM上で行われますが、Computer Useはユーザーが許可した実際の画面・実際のアプリを直接操作します。この2つは別の安全モデルです。
| 制限 | 詳細 |
|---|---|
| 速度 | 画面操作はコネクターより遅く、複雑な作業では再試行が要ることがある |
| 座標精度 | 高解像度の画面では縮小処理に伴う座標変換が必要 |
| 複数app | ニッチなアプリや複数アプリをまたぐ作業は安定性が下がりやすい |
| 実機依存 | Desktop版はappが起動済みで、Claude Desktopが開いており、PCが起動中である必要がある |
| マルチモニター | API版はdisplay_numberを指定できるが、Desktop版の詳細互換表は公開されていない |
安全設計の詳細——VM分離、実画面境界、プロンプトインジェクション対策、企業導入時の権限・監査まで——はCoworkのセキュリティ解説記事で扱っています。
冒頭で立てた立場を、運用ルールとして書き直すと次の3点になります。
私が「任せられる性能」という軸を重視するのは、権限設計と再試行の扱いが製品ドキュメント上でまだユーザー(開発者)側の責務として残っている限り、ベンチマークの数字だけを見て運用判断をするのは早計だと考えているからです。ドキュメントが「view-only」「click-only」「full control」というapp category単位の粗い権限しか提供していない間は、重要な操作の前に人の確認を挟むという前提を外さない、というのが私の考える最低ラインです。
この整理は、Computer Useを使うか使わないかの二択を迫るものではありません。どの工程を任せ、どこで人が確認するかを決めるための材料として読んでもらえればと思っています。この立場自体、製品側の権限・再試行の扱いが変われば書き換えるつもりで、この記事はそのための素振りです。
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|---|---|
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本記事はAnthropicの公式ドキュメントおよび技術資料に基づいて作成しました。