この記事の要約
Chain-of-Thought(CoT)は、答えだけでなく途中の推論ステップを例示・出力させることで、複数ステップの算術や論理問題を解きやすくするプロンプト技法です。2022年の論文で報告されたGSM8Kの17.9%→58.1%という改善を起点に、Few-shot / Zero-shotの違い、モデルサイズ依存、忠実性とコストの注意点を整理します。
大規模言語モデルは、短い事実確認や文章生成だけでなく、算数の文章題や論理問題にも使われます。しかし、複数の計算や条件整理が必要になると、いきなり答えを出すだけのプロンプトでは間違えやすくなります。
2022年に発表されたChain-of-Thought Prompting Elicits Reasoning in Large Language Modelsは、この問題に対して非常にシンプルな方法を示しました。答えだけを例示するのではなく、途中の推論ステップも一緒に見せる、という方法です。
GSM8K(小学生レベルの算数問題)
PaLM 540B + 標準プロンプト: 17.9%
PaLM 540B + Chain-of-Thought: 58.1%
論文の実験では、PaLM 540BのGSM8K精度が標準プロンプトの17.9%から、CoTプロンプトで58.1%まで改善しました。ここで重要なのは、「プロンプトだけで何でも解ける」という話ではありません。複数ステップの推論が必要なタスクでは、途中過程を明示する設計がモデルの出力を安定させることがある、という実務上の示唆です。
本記事の表記について
本記事では、2022年にGoogle Researchの著者らが発表したChain-of-Thought(CoT)プロンプティングの論文を解説します。論文で確認できる実験結果、Few-shot / Zero-shotの違い、そして実務で使うときの限界を整理します。
シリーズ記事一覧 AIエージェント論文おすすめ11選
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| トピック | Chain-of-Thought Prompting |
| カテゴリ | 論文解説 |
| 難易度 | 初級〜中級 |
| 発表 | NeurIPS 2022(Google) |
| arXiv | 2201.11903 |
💡 この先の展開
まずはCoTの仕組みを見てみよう。原理はシンプルだが、使いどころを間違えるとコストだけが増える。
CoTの核心は非常にシンプルです。「答えを出す前に、考える過程を出力させる」というだけです。しかし、このシンプルなアイデアがLLMの推論能力を大きく引き出しました。
Chain-of-Thoughtの概念図Q: カフェでコーヒーを3杯とケーキを2個買いました。
コーヒーは1杯400円、ケーキは1個500円です。合計はいくらですか?
A: 2200円
LLMはいきなり答えを出そうとします。単純な問題なら正解できますが、複雑になると間違いやすくなります。
Q: カフェでコーヒーを3杯とケーキを2個買いました。
コーヒーは1杯400円、ケーキは1個500円です。合計はいくらですか?
A: まず、コーヒーの合計を計算します。
コーヒー3杯 × 400円 = 1200円
次に、ケーキの合計を計算します。
ケーキ2個 × 500円 = 1000円
最後に、全体の合計を計算します。
1200円 + 1000円 = 2200円
答え: 2200円
途中の計算過程を明示的に出力させることで、次のステップが直前の結果を参照しやすくなります。常に正しくなるわけではありませんが、複数ステップの問題では、いきなり答えを出すよりもミスを見つけやすくなります。
Standard PromptingとChain-of-Thoughtの比較Few-shot CoTは、推論過程を含む例を数個提示してからタスクを与える方法です。
[例1]
Q: ロジャーはテニスボールを5個持っています。
テニスボールが3缶入ったパックを2つ買いました。
各缶には3個のボールが入っています。彼は今何個のボールを持っていますか?
A: ロジャーは最初に5個のボールを持っていました。
各缶には3個のボールが入っていて、2缶買ったので、
3 × 2 = 6個のボールを追加で手に入れました。
5 + 6 = 11個
答え: 11個
[例2]
Q: (別の例題と推論過程)
[本題]
Q: あなたが解きたい問題...
「Let's think step by step」と一言添えるだけで、Few-shotの例なしでもCoTが発動する発見です(Kojima et al., 2022)。
Q: カフェでコーヒーを3杯とケーキを2個買いました。
コーヒーは1杯400円、ケーキは1個500円です。合計はいくらですか?
Let's think step by step.
これだけでLLMは自動的に段階的な推論を始めます。
| 観点 | Few-shot CoT | Zero-shot CoT |
|---|---|---|
| 準備コスト | 例題の作成が必要 | 一言添えるだけ |
| 精度 | より高い | やや劣る |
| 適用範囲 | 特定タスクに最適化 | 汎用的 |
| 推奨場面 | 重要なタスク | プロトタイプ・軽量な用途 |
💡 この先の展開
では、具体的にどれくらい性能が上がるのか。論文中の数値に絞って確認する。
論文では、複数の算術・推論ベンチマークで検証が行われました。
| 手法 | 精度 |
|---|---|
| Standard Prompting | 17.9% |
| Chain-of-Thought | 58.1% |
| 改善幅 | +40.2ポイント |
| 手法 | 精度 |
|---|---|
| Standard Prompting | 17.7% |
| Chain-of-Thought | 93.0% |
| 改善幅 | +75.3ポイント |
| 手法 | 精度 |
|---|---|
| Standard Prompting | 63.1% |
| Chain-of-Thought | 79.0% |
| 改善幅 | +15.9ポイント |
興味深いことに、CoTの効果はモデルサイズが大きいほど顕著になります。
| モデルサイズ | Standard | CoT | 改善幅 |
|---|---|---|---|
| 8B | 4.5% | 5.3% | +0.8% |
| 62B | 12.3% | 33.0% | +20.7% |
| 540B (PaLM) | 17.9% | 58.1% | +40.2% |
この表から読めるのは、CoTが「どのモデルでも同じように効く」技法ではないという点です。小さなモデルでは効果がほとんど出ない場合があり、大規模モデルで初めて大きな改善が見られます。これは、論文が扱う創発的能力(Emergent Ability)の議論ともつながります。
つまり、CoTはモデルの能力を置き換える万能策ではありません。十分な基礎能力を持つモデルに対して、複数ステップの問題を扱いやすくする補助線として効きます。
モデルサイズとCoT効果の関係💡 この先の展開
大規模モデルで効果が出やすい理由を、実務で観察しやすい観点から分解する。
人間が複雑な計算をするとき、紙に途中式を書きます。CoTはこれと同じ原理です。
LLMは生成したテキストを次のトークン予測に使えます。そのため、途中結果を「外部メモリ」として活用できます。
複雑な問題を小さなステップに分解すると、各ステップは単純な処理になります。
Chain-of-Thought推論プロセス複雑な問題: 「3杯 × 400円 + 2個 × 500円」
↓ 分解
ステップ1: 「3 × 400 = ?」 → 1200
ステップ2: 「2 × 500 = ?」 → 1000
ステップ3: 「1200 + 1000 = ?」 → 2200
途中経過が可視化されることで、後続のステップや人間のレビューでエラーを見つけやすくなります。モデル自身が常に自己修正できるわけではありませんが、少なくとも誤りの位置を追いやすくなります。
ステップ1: 3 × 400 = 1200 OK
ステップ2: 2 × 500 = 100 ...あれ、計算が間違っている
2 × 500 = 1000 OK
LLMの学習データには、教科書や解説サイトなど「段階的な説明」が多く含まれています。CoTプロンプトは、そうした学習データのパターンを引き出していると考えられます。
CoTは「推論」に特化したテクニックです。これを行動(Action)と組み合わせたのがReActです。
| 観点 | CoT | ReAct |
|---|---|---|
| 対象 | 推論タスク | 推論 + 行動タスク |
| 外部ツール | 使用しない | 使用する |
| ループ | 一方向 | Thought-Action-Observation |
| 適用例 | 数学、論理問題 | 検索、計算、API呼び出し |
ReActの「Thought」部分は、まさにCoTの推論プロセスです。
[Thought] ユーザーは東京の明日の天気を知りたがっている。
天気APIを使って情報を取得する必要がある。
[Action] weather_api(location="Tokyo", date="tomorrow")
[Observation] 明日の東京: 晴れ、最高気温15度、最低気温8度
CoTが「考える力」を与え、ReActがそれを「行動する力」と結合したと言えます。
📖 このセクションについて
ここでは特定ベンダーのAPIではなく、プロンプト設計の型だけを扱います。SDKやモデル名は変わりやすいため、実装時は利用中の公式ドキュメントを確認してください。
質問: ある店で、りんご5個とみかん8個を買いました。
りんごは1個120円、みかんは1個80円です。
1000円札で払うとお釣りはいくらですか?
次の順番で考えてください。
1. りんごの合計金額を計算する
2. みかんの合計金額を計算する
3. 合計金額と支払い額を比較する
4. 最後に答えを1行で示す
「ステップバイステップで考えて」とだけ書くより、必要な分解単位を指定した方が、出力がタスクに沿いやすくなります。
ステップ1: りんごの合計金額を計算します。
りんご5個 × 120円 = 600円
ステップ2: みかんの合計金額を計算します。
みかん8個 × 80円 = 640円
ステップ3: 購入金額の合計を計算します。
600円 + 640円 = 1240円
ステップ4: お釣りを計算します。
1000円では足りないため、お釣りは出ません。
むしろ240円不足しています。
答え: 1000円札では240円不足するため、お釣りは出ません。
CoTを使うことで、「1000円では足りない」という条件にも気づきやすくなります。ただし、出力された途中過程はそのまま正解保証にはなりません。重要な業務では、計算式・参照元・最終判断を別途検証する前提で使います。
💡 この先の展開
ここまでCoTの「魔法」を見てきた。しかし、学会はこの論文をどう評価したのか?実は、意外な反応があった。
CoT論文は2022年1月にarXivで公開され、同年12月のNeurIPS 2022で発表された。
NeurIPS 2022では、13本のOutstanding Paper(最優秀論文賞)が選出されたが、CoT論文は含まれませんでした。 ただし、CoTはその後のプロンプト研究やエージェント研究で繰り返し参照される基礎概念になりました。
ここで大事なのは、受賞歴や引用数の多寡ではなく、論文が残した設計上の問いです。
後続研究は、CoTをそのまま使うだけでなく、複数の推論候補から多数決を取る、少数例を自動生成する、外部ツールや検索と組み合わせる、といった方向へ広がりました。
CoTは便利ですが、「モデルの本当の思考が読める」技術ではありません。実務では、次の3点を分けて扱う必要があります。
モデルが出力した途中式や理由づけは、後から整合的に見える説明である可能性があります。したがって、CoT出力を監査証跡や根拠資料としてそのまま扱うのは危険です。
安全に使うなら、次のように分けます。
CoTは出力トークンを増やします。単純な分類、短い要約、既知の事実確認では、長い推論過程を出させても精度が大きく上がらず、コストと待ち時間だけが増える場合があります。
使いどころは、以下のように複数ステップの依存関係があるタスクです。
| 向いているタスク | 向いていないタスク |
|---|---|
| 算術文章題 | 単純な事実検索 |
| 条件分岐の整理 | 短い分類 |
| 論理パズル | 文体変換 |
| 手順設計 | 既存文章の要約 |
近年の推論特化モデルは、内部で長く検討する設計を持つ場合があります。その場合、ユーザーが毎回「すべての思考を詳しく出して」と指示するより、最終回答・検証観点・必要な根拠だけを指定する方が安定します。
悪い例:
すべての思考過程を詳しく出してから答えてください。
良い例:
結論を先に示してください。
必要なら、検算に使った式と、判断を変える条件だけを箇条書きで示してください。
CoTの目的は、長い説明を出すことではありません。複雑な問題を、検証可能な単位に分けることです。
CoTの進化:プロンプトから推論モデルへいいえ。CoTが効果的なのは主に以下のタスクです。
単純な事実の検索や創作タスクでは効果が限定的です。
はい、効果があります。「ステップバイステップで考えてください」「順番に説明してください」などのフレーズで同様の効果が得られます。
はい。出力トークン数が増えるため、APIコストは増加します。ただし、精度向上による再試行の減少を考えると、総合的には効率的な場合が多いです。
複数ステップの推論が苦手な汎用モデルでは、CoTプロンプトが役立つ場合があります。一方、推論特化モデルや小さなモデルでは、長いCoT指示が必ずしも改善につながるとは限りません。利用中のモデルで、標準プロンプト、短い分解指示、Few-shot CoTを小さく比較してから採用するのが安全です。
はい、併用できます。Few-shot例の提示、ロールプレイ(「あなたは数学の専門家です」)、出力フォーマット指定などと組み合わせることで、さらに精度を高められます。
いいえ。CoTは、モデルが出力した説明であって、内部計算を完全に表すものではありません。重要な判断に使う場合は、出力された理由をそのまま信じるのではなく、参照元、計算式、反例、承認者を別に確認する必要があります。
まず、失敗しやすいタスクを1つ選び、標準プロンプトとCoTプロンプトを同じ評価セットで比較します。正解率だけでなく、出力トークン数、待ち時間、レビューしやすさも測ると、採用判断がしやすくなります。
Chain-of-Thought(CoT)は、LLMに途中の推論ステップを例示・出力させることで、複数ステップの問題を扱いやすくする手法です。
本記事はネクサフローのAI研究シリーズの一部です。
この記事の著者

代表取締役
早稲田大学卒業後、ソフトバンク株式会社にてAI活用やCEO直下案件のプロジェクトマネージャーに従事。その後、不動産スタートアップPit in株式会社の創業、他スタートアップでの業務改善・データ活用を経験後、2023年10月、株式会社ネクサフローを創業し代表取締役CEO就任。
次に読む

Self-Evolving AI Agents は、AI エージェントを System Input / Agent System / Environment / Optimizer の4要素で捉え、何をどう更新すると「自己進化」と呼べるのかを整理したサーベイ論文です。本記事では、進化の3軸と評価・安全性の論点を中心に読み解きます。

A-MEM は、LLM エージェントが過去のやり取りを単に保存するのではなく、ノート化し、相互リンクし、後から更新できるようにする記憶システムです。論文で提案された Note Construction / Link Generation / Memory Evolution を中心に、RAG との違いと実装時の論点を整理します。

CMU・NYU発の新概念Epiplexityを解説。シャノンエントロピーの限界を超え、計算制約下のAI学習可能性を定量化。データ拡張・カリキュラム学習・LLM汎用能力の3つのパラドックスを統一的に解決する。