
Intercom徹底解説:評価額12.8億ドル、AIファーストへの完全移行を完全分析
AIサマリー
評価額12.8億ドルのIntercomの全貌を徹底解説。自己免疫疾患から復帰したCEOが6週間でFin AIを開発、週100万件のチケットを自動解決する革新と「brutal」な変革に迫ります。
2020年、Eoghan McCabeはCEOを退任しました。
自己免疫疾患により、コンピューター画面を読むことさえ困難な状態に陥っていたからです。12年かけて築いた会社を、他人に託すしかありませんでした。
しかし2022年10月、彼は復帰します。
復帰からわずか1ヶ月後、ChatGPTがローンチ。
McCabeは迷いませんでした。6週間でFin AIのプロトタイプを完成。「様子見の機会はない」と、100億円以上をAIに投入。社内からは「brutal(残酷)」と呼ばれる変革を断行しました。
結果は——成長率10%から25%への回復。Finは週100万件のチケットを自動解決し、人間エージェント6,500人相当の働きをするようになりました。
本記事は、「病から復活した創業者」が「AIファースト企業」へと会社を変貌させた物語です。
本記事の表記について
- 金額の日本円換算は1ドル=150円で計算しています
- 下線付きの用語にカーソルを合わせると解説が表示されます
この記事でわかること
- McCabeの復帰劇: 自己免疫疾患→退任→復帰→6週間でFin AI開発という驚異のストーリー
- Fin AIの進化: OpenAI GPTからAnthropic Claudeへの移行で解決率51%→66%に向上した技術的背景
- 「brutal」な変革: 成長率10%→25%を実現した「残酷」と呼ばれる意思決定
- 価格問題の真実: 月$5,000+に膨れ上がるコスト構造への批判と対応
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 企業名 | Intercom, Inc. |
| 創業者 | Eoghan McCabe(CEO)、Des Traynor(CSO)、Ciaran Lee、David Barrett |
| 設立年 | 2011年 |
| 評価額 | $1.28B(約1,920億円、2018年3月〜) |
| ARR | $200M〜$343M(約300億〜515億円、2024年推計) |
| 主要顧客 | Amazon、Atlassian、Microsoft、Shopify、Sotheby's |
概念図Eoghan McCabe:ダブリンのコーヒーショップで見つけた「魔法」
12歳の少年が見つけた「モノを作る喜び」
1984年、アイルランド・ダブリン。
Eoghan McCabeがプログラミングに出会ったのは12歳のとき。AOLで初めてウェブサイトを作りました。
「画面に自分が作ったものが表示される。それが世界中の人に見られる。魔法のようだった」
— Eoghan McCabe
16歳で地元向けインターネットポータル事業を開始。大学卒業後は、FoldSpy(ウェブサイト分析)、Exceptional(バグトラッキング・Rackspaceに売却)と、次々にプロダクトを世に送り出しました。
3Fe Coffee Shop——創業の原点
Intercomの原点は、ダブリンの**3Fe(Third Floor Espresso)**というコーヒーショップでした。
店主のColin Harmonは、2008年にコーヒーに人生を捧げることを決意。2009年にはWorld Barista Championshipsで4位に入賞し、2011年にLower Grand Canal Streetに初のスタンドアローン店舗をオープンした人物です。
McCabeは毎日そこで作業していました。ある日、気づいたことがあります。
Colinが「会話ごと、関係性ごとにビジネスを成長させている」。
店主が顧客一人ひとりの好みを覚えている。「いつものですね」と声をかけ、常連には特別なサービスを提供する。顧客は「自分のことを覚えてくれている」という喜びから、その店のファンになる。
「オンラインビジネスでは、顧客とColinのような関係性を築けていなかった」
— Eoghan McCabe
「オンラインのカスタマーサービスの基準は最悪だ。もしコーヒーショップで質問をして『水曜日にお返事します』と言われたら想像できるだろうか。それが今のカスタマーサービスの標準なのだ」
— Eoghan McCabe, CEO
この観察が、Intercomの設計思想になりました。
「すべてのオンラインビジネスに、3Feの店主のような顧客体験を提供する」
17人の投資家からかき集めた$500K
2011年、McCabeはDes Traynor(後のCSO)、Ciaran Lee、David BarrettとともにダブリンでIntercomを創業します。
しかし、資金調達は苦難の連続でした。
目標$1M(約1.5億円)に対し、集まったのは$500K(約7,500万円)。
VCは「既存カテゴリに当てはまらない」と懐疑的でした。彼らは17人の投資家から少しずつ資金をかき集めるしかありませんでした。
初期投資家:
- Biz Stone(Twitter共同創業者)
- David Sacks
- 500 Global(旧500 Startups)
- Andy McLoughlin(Huddle創業者)
- Dan Martell
- Digital Garage
ただし、この時期に作っていた「小さなJavaScriptチャットバブル」が、後のIntercomの原型となります。彼らが開発していたバグトラッキングツールExceptionalの一部として、顧客とのコミュニケーションを円滑にするために構築したものでした。
Des Traynor:UXデザイナーが見た「会話の力」
共同創業者のDes Traynorは、UXデザイナー出身です。
彼がIntercomにもたらしたのは、「チケット」ではなく「会話」という発想でした。
当時のカスタマーサポートは、Zendeskに代表される「チケット管理システム」が主流。問い合わせは「チケット」として処理され、顧客は「番号」で管理されていました。
Traynorはこれに異議を唱えます。
「顧客は『チケット』じゃない。人間だ。人間同士の会話として、サポートを再設計すべきだ」
— Des Traynor, CSO
この思想が、Intercomの「インアプリチャット」——製品の中で直接顧客と会話する——というコンセプトを生みました。
創業者の哲学は理解できました。しかし、2020年に起きた衝撃的な出来事が、会社の運命を変えます。
自己免疫疾患、退任、そして復帰
2020年:コンピューター画面が読めなくなった
2020年、McCabeはCEOを退任しました。
理由は自己免疫疾患。コンピューター画面を読むことさえ困難な状態に陥り、会社を率いることが不可能になりました。
Karen Peacockが後任CEOに就任。McCabeは会長職に退き、療養に専念します。
2022年10月:「自分の会社を取り戻す」
2年間の療養を経て、McCabeは健康を取り戻します。
2022年10月6日、CEO復帰を発表。
復帰の理由は明確でした。「自分の会社を取り戻したかった」——それだけです。
しかし、復帰からわずか1ヶ月後、運命的な出来事が起きます。
ChatGPTのローンチ——6週間でFin AIを開発
2022年11月、ChatGPTがローンチされました。
McCabeは即座に動きました。復帰から6週間以内に、Fin AIのプロトタイプを完成させます。
「過去2年間、彼は会社の文化を再構築し、何の謝罪もなくリードし、IntercomをAI駆動のパワーハウスに変貌させた」
— TechCrunch
この速度は偶然ではありません。McCabeは2年間の「療養」期間中も、AIの動向を注視し続けていました。復帰と同時にChatGPTが登場したのは、まさに彼にとっての「運命」でした。
「brutal」な変革——成長率10%から25%へ
McCabeの復帰後の変革は、社内で**「brutal(残酷)」**と呼ばれました。
しかし結果が彼を正当化します。
| 時期 | 成長率 | 背景 |
|---|---|---|
| 2023年 | 10% | 低迷期、SaaS業界の逆風 |
| 2024年 | 25% | AI回復、Fin AIの本格稼働 |
多くの上場ソフトウェア企業よりも速い成長を実現しました。
「brutal」と呼ばれた変革の中身は何だったのか。それは、AIへの100億円超の投資でした。
AIへの大胆な賭け:「様子見の機会はない」
100億円超——AIファーストへの完全移行
2023年、ChatGPTの登場がSaaS業界を揺るがしました。
「AIがカスタマーサポートを代替する」——この予測が現実味を帯びてきたのです。
Intercomには2つの選択肢がありました。
- 様子見: 既存のチャットツールにAI機能を「追加」する
- 全面移行: AIをプラットフォームの中核に据え、ビジネスモデルを再構築する
McCabeとTraynorは後者を選びました。
$100M以上(約150億円超)のAI投資。 2024年だけで$94M(約141億円)を投入しています。
投資の内訳:
- AIチーム: 10人未満 → 50人以上に拡大
- AIインフラ構築: クラウド基盤とデータパイプライン整備
- AIモデルの研究開発: カスタマーサポート特化モデルの開発
「直感で動く覚悟」——Des Traynorの決断
なぜ「様子見」ではなく「全面移行」を選んだのか。
Des Traynorは、その理由をこう語っています。
"You have to move even when there's uncertainty. AI evolves too fast. There's no opportunity to wait and see. There's no opportunity to run a test. There's no opportunity to move slowly. There's no opportunity to be cautious. You have to be willing to move on instinct."
「不確実性の中で動かなければならない。AIは進化が速すぎる。様子見の機会はない。テストを実行する機会も、ゆっくり進める機会も、慎重になる機会もない。直感で動く覚悟が必要だ」
— Des Traynor, CSO
この言葉には、SaaS業界の危機感が凝縮されています。
「後からAIを追加」する競合に対し、Intercomは「AIを前提に設計し直す」という道を選びました。
この大胆な賭けから生まれたのが、Fin AIです。
Fin AIエージェント:週100万件を自動解決する頭脳
なぜFinは「ゲームチェンジャー」なのか
従来のチャットボットは「FAQ検索ツール」でした。キーワードに反応し、定型文を返すだけ。複雑な質問には「担当者におつなぎします」としか言えませんでした。
Finは違います。
顧客の意図を理解し、複数のシステムを横断して問題を解決する。注文のキャンセル、返金処理、アカウント設定の変更——人間のサポート担当者がやっていたことを、Finが自律的に実行します。
バージョン履歴:1年で「使えない」から「なくてはならない」へ
| バージョン | リリース | 特徴 |
|---|---|---|
| Fin 1 | 2023年 | OpenAI GPT搭載、基本的なQ&A |
| Fin 2 | 2024年10月 | Anthropic Claude搭載、51%→66%解決率、99.9%精度 |
| Fin 3 | 2025年10月 | Procedures機能、複雑なクエリの完全解決 |
Fin 2の転換点:なぜOpenAIからAnthropicに切り替えたのか
2024年10月、IntercomはFin 2をリリースしました。最大の変更点は、AIモデルの切り替えです。
OpenAI GPTからAnthropic Claudeへ。
この決断の背景には、カスタマーサポート特有の要件がありました。
「サポートAIに求められるのは、正確さと安全性。創造的な回答より、間違えないことが重要だ」
— Des Traynor, CSO
Anthropic Claudeは「Constitutional AI」と呼ばれる安全性重視の設計で知られています。Intercomはこの特性がサポートAIに適していると判断しました。
Fin 2の実績:
- 解決率: 平均66%(トップ顧客では更に高い)
- 精度: 99.9%
- 週間解決数: 100万件以上
- 多言語対応: 45言語
Fin 3:「自然言語でワークフローを定義する」
2025年10月の「Pioneer 2025」で発表されたFin 3は、さらに一歩進みました。
従来のカスタマーサポートAIには限界がありました。「返金してほしい」という依頼に対し、「返金ポリシーはこちらです」としか答えられなかったのです。
Fin 3の「Procedures」機能は、この限界を突破します。
| 機能 | 説明 |
|---|---|
| Procedures | 複雑なクエリの完全解決、自然言語指示と決定論的制御の組み合わせ |
| Simulations | テストスイートによる動作検証 |
| Slack/Discord対応 | マルチチャネル展開 |
Proceduresの仕組み:
管理者が自然言語でルールを定義します。「購入から30日以内の返金依頼は自動承認。30日超は上長確認」——このような指示をFinが理解し、実行します。
マルチモーダル対応(2025年3月):テキストを超えて
2025年3月、Intercomはマルチモーダル(複数の入力形式に対応する機能) を発表しました。
- Fin Voice: リアルタイム音声会話対応、多言語、割り込み処理
- Fin Vision: 画像認識による問題診断
例えば、顧客が「この画面でエラーが出ます」とスクリーンショットを送信。Fin Visionがエラーメッセージを読み取り、解決策を提示します。
技術は申し分ない。では、実際にどのような成果が出ているのでしょうか?
導入事例:「課題」から「解決」への道筋
Atlassian——20万人の顧客を3分以内に対応
課題:
Atlassianは、Jira、Confluence、Opsgenie等のプロダクトで20万以上の顧客を抱えています。問い合わせの増加に、サポートチームが追いつかなくなっていました。
解決:
IntercomとFin AIを導入。結果は以下の通りです。
- CSAT(顧客満足度スコア): 95%
- 初回応答時間: 3分以内
CSAT とは、顧客満足度を測る指標です。通常、アンケートで「満足した」と回答した顧客の割合で算出します。95%は業界トップクラスの数値です。
Lightspeed——AI解決率65%、エージェント生産性31%向上
背景:
POSシステム・eコマースプラットフォームを提供するLightspeedは、グローバルに展開するサポート体制の効率化を求めていました。
成果:
- AI解決率: 最大65%
- Copilot効果: サポートエージェントが1日あたり31%多くの会話をクローズ
Lightspeedは、Intercomの主張する「平均60%解決率」を上回る成果を達成しています。
Databox——解決率30%→55%、CSAT 30%→71%
背景:
データ分析・ダッシュボードツールを提供するDataboxは、Fin導入前の解決率がわずか30%でした。
成果:
| 指標 | 導入前(2023年12月) | 導入後(2025年3月) | 改善率 |
|---|---|---|---|
| 解決率 | 30% | 55% | +83% |
| CSAT | 30% | 71% | +137% |
| 生産性 | - | +50% | - |
| 収益成長 | - | +40% | - |
5ヶ月で解決率が約2倍に向上。 チーム生産性は50%向上し、追加収益として40%の成長を実現しました。
tado°——Zendeskからの移行で応答時間92%短縮
背景:
スマートサーモスタットメーカーのtado°は、Zendeskを使っていました。しかし、「チケット管理」の仕組みが顧客体験を損なっていると感じていました。
課題:
- 初回応答に時間がかかりすぎる
- SLA(サービス品質保証)の達成率が低い
解決:
Intercomに切り替え、Fin AIを導入。
- 初回応答時間: 92%短縮
- SLA達成率: 19%改善
SLA(サービス品質保証) とは、サービス提供者が顧客に約束する品質基準です。「24時間以内に対応」などが該当します。
導入事例から見える「Finの使い方」
成功事例に共通するパターンがあります。
- 簡単な問い合わせはFinに任せる: FAQ、ステータス確認、基本的な設定変更
- 複雑な案件は人間が対応: 感情的なクレーム、技術的な深い問題、例外処理
- Finが人間をサポートする: 過去の対応履歴の要約、関連情報の提示
「AIが人間を置き換える」のではなく、「AIと人間が協働する」——これがIntercomの提案する未来です。
華々しい成功事例が並びます。しかし、すべてがうまくいっているわけではありません。
課題と批判:価格問題とサポートへの不満
予測不可能なコスト構造——月$5,000+に膨れ上がる現実
Intercomの最大の弱点は、価格の予測不可能性です。
表面的な料金:
- $29-39/席
隠れたコスト:
- AI解決費: $0.99/解決
- SMS費用
- GDPR対応費用
高トラフィック企業では、これらが積み上がり**月$5,000+**に達することもあります。
「料金構造が分かりにくい」「コストがどこで発生するか予測できない」
— Capterra レビュー
具体的な問題点:
- AI解決費用の積み上がり: $0.99/解決 × 月1,000件以上 = 約$1,000/月の追加費用
- 月ごとの変動: 問い合わせ量に応じて請求額が大きく変動
- 価格の連続的な上昇: 既存顧客の料金が7-8倍に上昇したという報告も
「コストが高く、継続的に上昇している。小規模ビジネスがこのコストを正当化するのは難しい」
— Capterra レビュー
皮肉な状況——カスタマーサービス企業のサポート品質
カスタマーサービスプラットフォームを提供するIntercom自身のサポートに対する批判も存在します。
主な苦情:
- 48時間以上返信がないケース
- 週末はスケルトンチームのみで対応
- 「シンプルな質問に答えるのに2日かかった」
「ライブチャット企業なのに、サポートへの連絡が極端に遅い」
— Trustpilot レビュー
成果ベース料金モデルによる対応
Intercomは批判に対し、成果ベース料金モデルを導入しました。
- $0.99/解決: 顧客がAIの回答で問題が解決したと確認した場合のみ課金
- 解決しなければ課金されない
この料金モデルが、ユーザーの信頼構築に貢献しています。「効果がないかもしれないものに支払う」リスクを軽減しているからです。
しかし、高トラフィック企業にとっては依然として高額であり、予算編成が困難という課題は残っています。
課題を理解した上で、競合との違いを見てみましょう。
競合との差別化:なぜ「会話ファースト」なのか
ポジショニングマップ
競合比較| 項目 | Intercom | Zendesk | Freshdesk |
|---|---|---|---|
| アプローチ | 会話ファースト | チケットファースト | コスト効率 |
| AI統合 | ネイティブ(Fin) | 後付け | 後付け |
| ターゲット | SaaS・テック | 大企業 | SMB |
| 強み | インアプリメッセージング | カスタマイズ性 | 価格 |
| 弱み | 価格が予測不可能 | 高額 | 機能がシンプル |
ネイティブ(AI統合の文脈) とは、製品設計時からAIを中核に据えた構造を指します。後からAI機能を追加した「後付け」とは異なり、より深い統合が可能です。
Zendeskの反論
Zendeskは公式比較ページで、以下の主張を展開しています。
「AI built for resolutions: Why Zendesk outperforms Intercom」
Zendeskの主張:
- 99.9%稼働率、SOC 2・ISO 27001認証
- 180億+のインタラクションで訓練されたAI(80+言語対応)
- IntercomからZendeskに移行した企業は応答時間を61%短縮
これは競合のマーケティングメッセージであり、中立的な評価ではありません。しかし、Intercomが「無敵」ではないことを示しています。
4つの差別化ポイント
1. 会話ファースト
Zendeskは「チケット」を中心に設計されています。Intercomは「会話」を中心に設計されています。
顧客から見ると、「チケット番号」で呼ばれるより、「〇〇さん、前回の続きですね」と声をかけられる方が心地よい。これがIntercomの設計思想です。
2. プロアクティブサポート(先回り型サポート)
問題が発生してから対応するのではなく、問題が発生する前に顧客に働きかける。
例: 「この機能、まだ使っていませんね。こちらのガイドが参考になります」
3. インアプリ体験(アプリ内体験)
サポートサイトに移動させるのではなく、製品の中で直接サポートを提供する。
4. AIネイティブ
Fin AIがプラットフォームの中核。後からAIを「追加」した競合とは、統合の深さが違います。
「会話ファースト」vs「チケットファースト」
Des Traynorは、この違いをこう説明しています。
「AIは収束力だ。すべてを類似させる力がある。すべての製品に大きく異なるUIが必要だという考えは、時が経つにつれて真実ではなくなっている」
— Des Traynor, CSO
AIの時代には、「どのツールを使うか」より「どのような体験を提供するか」が重要になる。Intercomはその体験を「会話」に賭けました。
では、この賭けは財務的にどのような成果を上げているのでしょうか?
成長軌跡:低迷からAI回復へ
収益成長
Intercomの成長タイムライン| 時期 | ARR | 日本円換算 | 成長率 |
|---|---|---|---|
| 2020年 | $150M | 約225億円 | - |
| 2023年 | - | - | 10%(低迷期) |
| 2024年 | $200M〜$343M | 約300億〜515億円 | 25%(AI回復・brutal変革) |
ARR(年間経常収益) とは、サブスクリプションビジネスにおける1年間の予測収益を指します。
2023年、成長率は10%に低迷していました。SaaS業界全体の逆風に加え、「チャットツール」というポジションの成熟が原因でした。
しかし2024年、Fin AIの本格稼働とMcCabeの「brutal」な変革により、成長率は25%に回復。AIへの賭けが報われ始めました。
Fin AIの実績
Intercomの成長指標- 週間解決数: 100万件以上
- 人間エージェント換算: 6,500人相当
- ARR貢献: 発売1年以内に数千万ドルARRに到達
資金調達の歴史
| ラウンド | 日付 | 調達額 | 日本円換算 | 主要投資家 |
|---|---|---|---|---|
| Seed | 2011-2012年 | $500K | 約7,500万円 | 500 Global、David Sacks(17人から調達) |
| Series A | 2013年6月 | - | - | Social Capital |
| Series B | 2014年1月 | - | - | Bessemer Venture Partners |
| Series D | 2018年3月 | $125M | 約188億円 | Kleiner Perkins、Google Ventures |
総調達額:$242M(約363億円) 評価額:$1.28B(約1,920億円、2018年3月〜)
※日本円換算は1ドル=150円で計算
注目すべきは、2018年以降、追加の資金調達をしていない点です。これは、事業が自立して成長していることを示しています。
また、初期の$500Kを17人の投資家からかき集めたという苦労話は、今や$1.28Bの評価額を持つ企業の原点として語り継がれています。
ここまでの情報を踏まえて、Intercomの「AIへの賭け」は正しかったのでしょうか?
まとめ:「コーヒーショップの魔法」をAIで実現する
冒頭の問いに戻りましょう。
自己免疫疾患から復帰したMcCabeは、6週間でFin AIを開発し、「brutal」な変革を断行しました。この決断は正しかったのでしょうか?
答えは、「まだ途上だが、方向性は正しい」 です。
正しかった点
AIファーストへの早期移行は報われつつあります。
- Fin AIは週100万件のチケットを自動解決
- 成長率は10%から25%に回復
- 顧客企業のサポートコストを大幅に削減
- Lightspeedで65%、Databoxで55%の解決率を達成
ZendeskやFreshdeskが「後付けAI」で苦戦する中、Intercomは「AIネイティブ」というポジションを確立しました。
これからの課題
しかし、解決すべき課題もあります。
- 価格の予測不可能性: 月$5,000+に膨れ上がるコスト構造への不満
- 自社サポートへの批判: 「カスタマーサービス企業のサポートが遅い」という皮肉
- 競争の激化: Sierra、Adaなど、AI特化のスタートアップが台頭
- Zendeskの反撃: 「IntercomからZendeskへの移行で応答時間61%短縮」という対抗メッセージ
Intercomの本質
Intercomの強みは、技術だけではありません。
「3Feの店主のような顧客体験」 という、創業以来一貫した哲学があります。
AIは、その哲学を実現するための手段です。
「Finは世界最高のカスタマーサービスエージェントになるだけではない。世界最高のカスタマーエージェントになり、顧客体験全体を扱えるようになる」
— Eoghan McCabe, CEO
12年前、ダブリンの3Feで見た「魔法」。コンピューター画面を読むこともできなかった2年間。そして6週間でのFin AI開発。
McCabeの物語は、まだ終わっていません。
主要ポイント
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 創業者 | Eoghan McCabe(自己免疫疾患から復帰、3Feでの観察が原点) |
| 復帰ドラマ | 2020年退任→2022年復帰→6週間でFin AI開発 |
| 技術 | Fin AI(Anthropic Claude搭載、66%解決率、99.9%精度) |
| 哲学 | 「会話ファースト」——顧客をチケット番号ではなく人として扱う |
| 投資 | $100M以上(約150億円超)のAI投資でプラットフォーム全体を再構築 |
| 課題 | 価格の予測不可能性(月$5,000+)、自社サポートへの批判 |
| 評価額 | $1.28B(約1,920億円) |
次のステップ
- カスタマーサポート責任者: Intercom公式サイトでFin AIのデモを依頼、価格シミュレーションを必ず実施(隠れたコストに注意)
- SaaS企業のCTO: 「会話ファースト」vs「チケットファースト」の設計思想を比較、自社プロダクトに適した選択を検討
- AI導入を検討する経営者: McCabeの「6週間でプロトタイプ」というスピード感を参考に、自社のAI戦略を再考
関連記事
参考リソース
Intercom公式
創業者インタビュー
- Eoghan McCabe - LinkedIn
- Des Traynor - LinkedIn
- Lenny's Newsletter - How Intercom rose from the ashes
創業ストーリー
- 3Fe Coffee - Our Story
- Irish Times - Four Irishmen billion-dollar mission
- Contrary Research - Intercom breakdown
McCabe復帰
価格・競合分析
- Qualimero - Intercom pricing 2025 true cost
- Zendesk - Why Zendesk outperforms Intercom
- Qualimero - Intercom vs Zendesk vs Freshdesk 2026
テックメディア報道
本記事はネクサフローのAI企業研究シリーズの一部です。
この記事の著者

中村 知良
代表取締役
早稲田大学卒業後、ソフトバンク株式会社にてAI活用やCEO直下案件のプロジェクトマネージャーに従事。その後、不動産スタートアップPit in株式会社の創業、他スタートアップでの業務改善・データ活用を経験後、2023年10月、株式会社ネクサフローを創業し代表取締役CEO就任。


