請求と会計処理:収益認識基準とプライシングの関係
AIサマリー
IFRS 15/ASC 606が請求設計に与える影響を解説。SaaS企業が知るべき収益認識の5ステップモデルと、繰延収益の実務的な処理方法を説明します。

請求と売上計上は、別物です。
年間契約で$12,000を請求しても、売上として計上できるのは月$1,000ずつ。残りの$11,000は「繰延収益」として負債に計上されます。この会計ルールを理解しないと、請求設計で失敗します。
本記事では、収益認識基準(IFRS 15/ASC 606)とプライシングの関係を解説します。
この記事でわかること
- 収益認識基準の基本: IFRS 15とASC 606の概要
- 5ステップモデル: 収益認識の標準フレームワーク
- SaaS企業への影響: 請求設計で考慮すべきポイント
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| トピック | 収益認識と請求の関係 |
| カテゴリ | 財務・会計 |
| 難易度 | 中級〜上級 |
| 対象読者 | CFO、経理担当、経営企画 |
収益認識の5ステップモデル収益認識基準とは
IFRS 15とASC 606
収益認識基準は、「売上をいつ計上するか」を定めるルールです。
| 基準 | 発行機関 | 適用開始 |
|---|---|---|
| IFRS 15 | IASB(国際会計基準審議会) | 2018年1月 |
| ASC 606 | FASB(米国財務会計基準審議会) | 2018年12月 |
両基準はほぼ同一の原則に基づいており、国際的な比較可能性を高めるために統一されました。
参考: ASC 606 and IFRS 15: Five steps of revenue recognition - Certinia
なぜ統一されたのか
従来は、業界ごとに異なる収益認識ルールがありました。
| 従来の問題 | 統一後 |
|---|---|
| 業界ごとにルールが異なる | 統一された5ステップモデル |
| 国ごとに基準が異なる | IFRS/US GAAPでほぼ同一 |
| SaaSビジネスへの適用が不明確 | サブスクリプションにも適用 |
5ステップモデル
収益認識は、以下の5ステップで行います。
参考: The 5 Steps of the Revenue Recognition Standard - SOFTRAX
ステップ1: 契約の識別
顧客との「契約」を識別します。
契約の要件:
- 法的拘束力がある
- 権利と義務が明確
- 対価を受け取る可能性が高い
ステップ2: 履行義務の識別
契約に含まれる「約束」(履行義務)を特定します。
SaaSの履行義務の例:
| 履行義務 | 内容 |
|---|---|
| ソフトウェアライセンス | サービスへのアクセス権 |
| サポート | 問い合わせ対応 |
| 導入支援 | 初期設定、トレーニング |
| アップデート | 機能追加、セキュリティ修正 |
ステップ3: 取引価格の算定
顧客から受け取る対価の総額を算定します。
考慮すべき要素:
- 固定対価(契約金額)
- 変動対価(従量課金、ボーナス等)
- 値引き、リベート
ステップ4: 取引価格の配分
各履行義務に取引価格を配分します。
配分の基準: 独立販売価格(SSP: Standalone Selling Price)
| 履行義務 | SSP | 配分額 |
|---|---|---|
| ライセンス | $10,000 | $8,000 |
| サポート | $2,500 | $2,000 |
| 合計 | $12,500 | $10,000 |
※契約価格が$10,000の場合、SSP比率で配分
ステップ5: 収益の認識
履行義務を充足した時点で収益を認識します。
認識のタイミング:
| 履行義務のタイプ | 認識タイミング |
|---|---|
| 一時点で充足 | 引き渡し時(例: 永久ライセンス) |
| 一定期間で充足 | 期間按分(例: SaaSサブスクリプション) |
SaaS企業への影響
年間契約の収益認識
年間契約の場合、請求と収益認識のタイミングが異なります。
例: 年間契約$12,000を契約時に一括請求
| 月 | 請求額 | 収益認識 | 繰延収益(負債) |
|---|---|---|---|
| 1月 | $12,000 | $1,000 | $11,000 |
| 2月 | $0 | $1,000 | $10,000 |
| 3月 | $0 | $1,000 | $9,000 |
| ... | |||
| 12月 | $0 | $1,000 | $0 |
繰延収益(Deferred Revenue): 前払いで受け取ったが、まだサービスを提供していない分。負債として計上。
複合契約の処理
ライセンスとサポートがセットになった契約では、それぞれを分離して収益認識します。
例: ライセンス$10,000 + サポート$2,000の年間契約
| 履行義務 | 配分額 | 認識タイミング |
|---|---|---|
| ライセンス | $10,000 | 期間按分(12ヶ月) |
| サポート | $2,000 | 期間按分(12ヶ月) |
参考: SaaS Revenue Recognition: A Complete Guide - DualEntry
従量課金の収益認識
従量課金は、使用量が確定した時点で収益認識します。
| シナリオ | 認識タイミング |
|---|---|
| 月次従量 | 月末に使用量確定後 |
| リアルタイム従量 | 使用時点で認識 |
変動対価の場合、見積りが必要になることがあります。
プライシング設計への示唆
価格表の設計
価格表を設計する際、収益認識を考慮します。
推奨:
- 各要素(ライセンス、サポート、導入支援)の独立販売価格を明確にする
- バンドル割引の場合、配分根拠を文書化する
例:
【価格表】
Pro Plan: $15,000/年
- ライセンス: $10,000相当
- Premium Support: $5,000相当
Enterprise Plan: $25,000/年
- ライセンス: $15,000相当
- Premium Support: $5,000相当
- 導入支援: $5,000相当
契約書との整合性
契約書に履行義務を明記し、価格表と整合させます。
契約書に記載すべき項目:
- 提供するサービスの範囲(履行義務)
- 各サービスの価格(または配分根拠)
- サービス提供期間
- 解約・返金条件
請求システムの要件
収益認識に対応するため、請求システムには以下の機能が必要です。
| 機能 | 内容 |
|---|---|
| 繰延収益計算 | 前払い金の期間按分 |
| 履行義務管理 | 契約内の各要素を管理 |
| 会計連携 | ERPへの自動仕訳 |
| レポーティング | 繰延収益残高、認識予定の可視化 |
Zuoraなどの請求管理システムは、これらの機能を備えています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 繰延収益とは何か?
繰延収益(Deferred Revenue)は、顧客から前払いで受け取ったが、まだサービスを提供していない金額です。
- 性質: 負債(将来サービスを提供する義務)
- 計上場所: 貸借対照表の負債の部
- 解消: サービス提供に応じて収益に振り替え
【仕訳例: 年間契約$12,000を前払い受領】
(契約時)
現金 $12,000 / 繰延収益 $12,000
(毎月のサービス提供時)
繰延収益 $1,000 / 売上 $1,000
Q2. 従量課金はいつ売上になる?
従量課金は、使用量が確定した時点で収益認識します。
一般的なパターン:
1月の使用量 → 1月末に確定 → 1月の売上として計上
使用量の確定タイミングが重要です。リアルタイムで使用量を把握できるシステムが必要です。
Q3. 無料トライアルの会計処理は?
無料トライアル期間中は、収益を認識しません。
| フェーズ | 会計処理 |
|---|---|
| 無料トライアル | 収益認識なし |
| 有料転換 | 転換日から収益認識開始 |
ただし、顧客獲得コスト(CAC)として、トライアル提供にかかったコストを資産計上することがあります。
まとめ
主要ポイント
- 請求と収益認識は異なるタイミング: 前払いは繰延収益として負債計上
- 5ステップモデルで収益を認識: 契約識別→履行義務→価格算定→配分→認識
- SaaSでは繰延収益の管理が重要: 年間契約が多いほど繰延収益残高が大きくなる
次のステップ
- 自社の契約に含まれる履行義務を整理する
- 各履行義務の独立販売価格を設定する
- 経理チームと請求設計を連携させる
参考リソース
収益認識基準
- ASC 606 and IFRS 15: Five steps of revenue recognition - Certinia
- SaaS Revenue Recognition 101 - Stripe
- The 5 Steps of the Revenue Recognition Standard - SOFTRAX
実務ガイド
- SaaS Revenue Recognition: A Complete Guide - DualEntry
- ASC 606/IFRS 15 Compliance for SaaS - FinanSys
本記事は請求/Billingシリーズの一部です。
この記事の著者

猪良 幸太郎
東京理科大学卒業後、国内独立系コンサルティングファームに入社し、IT・業務コンサルタント兼マネージャーとして業務最適化やシステム導入プロジェクトを経験。その後プライシングスタジオに入社し、執行役員兼ビジネス本部長として顧客のプライシング変革支援をリードする傍ら、自社の新規事業立ち上げの推進にも従事。


