なぜ法人向けサービスでは請求金額の変動が難しいのか
AIサマリー
BtoB SaaSで価格変更が難しい理由を解説。法人顧客の予算サイクル、契約の硬直性、社内承認プロセスなど、BtoCにはない制約を理解します。

BtoBとBtoCでは、価格変更の難易度がまったく異なります。
Netflixは値上げを発表すれば、翌月から全ユーザーに適用できます。しかし、Salesforceが同じことをしようとすると、何年もかかります。契約、予算、承認プロセスという「壁」があるからです。
本記事では、BtoB SaaSで価格変更が難しい理由と、その対策を解説します。
この記事でわかること
- BtoBとBtoCの違い: 価格変更の難易度が異なる理由
- 3つの壁: 予算、契約、承認プロセス
- 対策: 価格変更を実現するための設計
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| トピック | BtoBの価格変更の制約 |
| カテゴリ | BtoB SaaS |
| 難易度 | 中級 |
| 対象読者 | プライシング担当、経営企画 |
BtoBの価格変更を阻む3つの壁BtoBとBtoCの違い
法人顧客と個人顧客では、購買の意思決定プロセスが根本的に異なります。
| 観点 | BtoC | BtoB |
|---|---|---|
| 意思決定者 | 個人 | 複数部門(IT、法務、経理、現場) |
| 予算 | 柔軟 | 年度固定 |
| 契約 | 利用規約への同意 | 個別契約書の締結 |
| 承認 | 即座 | 稟議・決裁フロー |
| 価格変更通知 | メール1通 | 契約書の改定 |
BtoCの価格変更
値上げ発表 → メール通知 → 翌月から適用
1日 1日 即時
BtoBの価格変更
値上げ検討 → 契約条項確認 → 通知 → 顧客社内稟議 → 更新時適用
数週間 数日 60日前 数週間 契約満了時
価格変更が難しい3つの理由
理由1: 予算サイクルの硬直性
法人顧客は、年度予算で動いています。Gartnerの調査によると、企業のIT予算策定は平均4-6ヶ月かかり、一度確定すると変更が困難です。
| 時期 | 活動 |
|---|---|
| 10-12月 | 次年度予算策定(日本企業の場合) |
| 1-3月 | 予算承認 |
| 4月〜 | 予算執行 |
注: 米国企業は1月開始の会計年度が多く、予算策定は9-11月
予算策定後に価格が上がると、以下の問題が発生します。
- 予算超過: 追加予算の確保が必要
- 承認の再取得: 稟議のやり直し
- 別製品への切り替え検討: 予算内で収まる代替品を探す
理由2: 契約の拘束力
BtoB契約には、価格固定の条項があることが多いです。
典型的な契約条項:
第X条(料金)
本契約期間中の料金は、別紙料金表の通りとし、
契約期間中は変更されないものとする。
この場合、契約期間中の価格変更は契約違反となります。
理由3: 社内承認プロセス
法人顧客の購買には、複数の部門が関与します。
現場担当 → IT部門 → 法務部門 → 経理部門 → 決裁者
要望 技術確認 契約確認 予算確認 承認
価格が変わると、このプロセスを再度回す必要があります。「前回と同じ金額」なら簡易承認で済むケースも、金額変更があると正式な稟議が必要になることがあります。
従量課金の難しさ
従量課金は「使った分だけ」という合理的な課金モデルですが、BtoBでは難しさがあります。
予測不可能性への抵抗
法人顧客は「請求額が読めない」ことを嫌います。
| 顧客の懸念 | 内容 |
|---|---|
| 予算超過 | 想定外の使用量で予算を超える |
| 説明責任 | 経理に金額変動を説明できない |
| 計画困難 | 来期の予算が立てられない |
対策: 予測可能性の提供
従量課金を導入する場合、以下の機能で予測可能性を提供します。
- 使用量ダッシュボード: リアルタイムで利用状況を確認
- アラート機能: 閾値(例: 予算の80%)を超えたら通知
- 上限設定(キャップ): 月額上限を設定できるオプション
- 予測機能: 月末の請求額を予測表示
価格変更を実現する設計
BtoBでも価格変更は不可能ではありません。事前に設計しておくことで、円滑に実施できます。
設計1: 契約時の価格改定条項
契約書に価格改定の余地を残します。
価格改定条項の例:
第X条(料金の改定)
1. 当社は、契約更新時に料金を改定できるものとする
2. 料金を改定する場合、契約満了の60日前までに
書面にて通知するものとする
3. 甲が改定後の料金に同意しない場合、
甲は契約を更新しないことができる
設計2: 段階的な導入
既存顧客への価格変更は、段階的に行います。
| フェーズ | 内容 |
|---|---|
| 発表 | 価格改定の意向を発表 |
| 移行期間 | 新価格への移行期間(6-12ヶ月) |
| 新規顧客 | 新規顧客から新価格適用 |
| 更新顧客 | 契約更新時に新価格適用 |
設計3: 価値の可視化
価格上昇と価値向上を紐づけて説明します。
良い説明:
新価格: ¥15,000/月(現行: ¥10,000/月)
【追加される価値】
- 新機能A(これまで個別契約で¥3,000/月相当)
- SLA向上(99.9% → 99.99%)
- サポート時間延長(9-18時 → 24時間)
実質的な価格上昇: ¥2,000/月(+20%)
よくある質問(FAQ)
Q1. 既存顧客の価格を上げることは可能?
可能ですが、以下の条件を満たす必要があります。
- 契約条項の確認: 価格改定条項があるか
- 事前通知: 契約で定められた期間(多くの場合60-90日)前に通知
- 更新時適用: 契約期間中ではなく、更新時に適用
条項がない場合は、契約満了時に新契約を提示することになります。
Q2. 従量課金をBtoBで導入するには?
以下のステップで導入します。
- 予測ツールの提供: 顧客が請求額を予測できるようにする
- 上限オプション: 月額上限を設定できるようにする
- 段階的移行: 固定料金から従量課金への移行期間を設ける
- コミットメント割引: 一定量を約束すると単価が下がる仕組み
Q3. 価格改定の事前通知期間は?
以下は業界のベストプラクティスです(OpenView SaaS Benchmarksによる):
| 顧客規模 | 通知期間 | 根拠 |
|---|---|---|
| SMB | 30日 | 月次予算管理が多い |
| Mid-Market | 60日 | 四半期予算サイクル |
| Enterprise | 90日以上 | 年度予算への組み込みが必要 |
顧客の予算サイクルを考慮し、次年度予算策定前に通知するのが理想的です。Zuoraによると、価格改定の成功率は通知期間が長いほど高くなります。
まとめ
主要ポイント
- BtoBには予算・契約・承認の壁がある: BtoCと同じようにはいかない
- 従量課金は予測可能性がカギ: 顧客の「読めない」不安を解消
- 契約設計で価格改定を織り込む: 事後対応は難しい
次のステップ
- 自社の契約書に価格改定条項があるか確認する
- 顧客の予算サイクルを理解する
- 価格変更時のコミュニケーション計画を立てる
参考リソース
BtoB価格戦略
- SaaS Pricing Changes: How to Communicate and Execute - OpenView
- B2B Pricing Strategy Guide - McKinsey
- Enterprise Pricing Best Practices - Salesforce
予算サイクルと購買プロセス
本記事は請求/Billingシリーズの一部です。
この記事の著者

猪良 幸太郎
東京理科大学卒業後、国内独立系コンサルティングファームに入社し、IT・業務コンサルタント兼マネージャーとして業務最適化やシステム導入プロジェクトを経験。その後プライシングスタジオに入社し、執行役員兼ビジネス本部長として顧客のプライシング変革支援をリードする傍ら、自社の新規事業立ち上げの推進にも従事。


