回答者が実際に払うわけではない4つの価格を、自由記述で答えてもらうだけのアンケートがあります。それだけで「払ってもいい価格帯」が浮かび上がる。PSM分析(Price Sensitivity Meter)です。
ただし、そこから出てくる出力を、値付けの答えとしてどこまで信じてよいのか。これが本稿の駆動的な問いです。
私はPSMを「価格帯の当たりをつける最初の一手」としては強く推します。一方で、そこで出るOPP(最適価格)をそのまま値付けの答えにすることには反対です。理由は単純で、PSMが集めているのは表明選好(口で言った価格)であって顕示選好(実際に払った価格)ではなく、競合もコストも購買コミットメントも織り込まないからです。だから出力は「最適価格という一点」ではなく「検討から外れない価格帯」にすぎない、と私は捉えています。
どの調査手法を選ぶかという上位の判断は、価格調査の選び方|PSM・段階価格テスト・コンジョイントの使い分けに譲ります。本稿はPSMという手法の中身と、その限界の見極めに絞ります。
PSMを読み解く鍵は、次の2つの区別です。
表明選好 vs 顕示選好。表明選好とは、回答者が口で答えた価格。顕示選好とは、実際の購買行動で払った価格。PSMが測定できるのは前者だけです。この区別が、後述する仮想バイアス・実市場検証の必要性・Newton-Miller-Smith拡張の意味、すべての説明の起点になります。
「点」としてのOPP vs「帯」としての検討内顧客割合。PSMの標準的な解説では、4本の累積分布曲線の交点からOPP(最適価格)という一点が導かれます。しかし私は、この一点を答えとせず、後述する検討内顧客割合が最大になる「帯」で価格候補を考えるべきだと考えています。
PSMは1976年、オランダ統計協会のPeter H. van Westendorpが、単一価格の受容性しか測れなかった従来の価格調査を補うために開発した手法です。
PSMでは、同一回答者に以下の4つの質問を、同じ文言・同じ順序で提示します。
Q1. この商品はいくらから「高い」と思いますか? Q2. この商品はいくらから「安い」と思いますか? Q3. この商品はいくらから「高すぎて買えない」と思いますか? Q4. この商品はいくらから「安すぎて品質に不安を感じ始める」と思いますか?
なぜこの4問なのか。安い・高いという評価軸と、許容できる・できないという境界軸を掛け合わせると、2×2の心理的な境界線が引けます。Q1とQ3は「高い方向への2段階の境界」、Q2とQ4は「安い方向への2段階の境界」です。単一価格を提示して「買いますか」と聞く方法では、この境界線の位置関係がまったく見えません。
回答は自由記述で集めます。選択肢を用意すると、その選択肢自体が回答を誘導するためです。商品説明文や画像を添えて正しくイメージしてもらうことは必要ですが、質問の文言そのものは固定してください。ニュアンスが変わると、分析結果全体が変わってしまいます。
4つの質問の回答を価格ごとに集計し、Excelで累積分布曲線を作成します。「高い」「高すぎて買えない」は価格の低い方から累積(右肩上がり)、「安い」「安すぎる」は価格の高い方から累積(右肩下がり)にして、縦軸に回答者の割合、横軸に価格を取った折れ線グラフを描きます。サンプルサイズは最低30人、BtoCなら100人以上、BtoBなら50人以上が目安です。BtoCは回答の幅が広くなりやすいため、多めに確保します。
4本の曲線が描けたら、その交点から4つの価格指標を読みます。
4つの指標は戦略に応じて使い分けます。市場シェア重視ならPMC〜OPP、収益重視(スキミング戦略)ならOPP〜PME、ハイブランド戦略ならPME付近、セール特価ならPMC付近です。
ここが本稿でもっとも重視したい部分です。
PMC・OPP・IDP・PMEという4つの交点は、価格帯の境界線を示すものであって、厳密には「この価格にした場合、買う可能性がある顧客がどの程度存在するのか」には答えていません。4つの交点はその問いに直接答える設計になっていないからです。
そこで応用として使えるのが、検討内顧客割合という考え方です。検討内顧客とは、その価格を「高すぎる」とも「安すぎる」とも思っていない人のことです。ある価格Pにおける検討内顧客割合は、次の式で算出します。
検討内顧客割合(P) = 100% − 高すぎる累積%(P) − 安すぎる累積%(P)
この値を価格ごとにプロットすると、検討内顧客割合が最大になる価格帯が特定できます。値付けの起点とすべきは、OPPという一点ではなく、この帯だと考えます。
注意点が一つあります。検討内顧客割合は「購入確率」ではありません。あくまで「検討対象から外れていない顧客の割合」であり、購買意欲や実際の購入確率とは別の概念です。
点ではなく帯で見るべきだと考える理由は単純です。OPPという一点は「高すぎる」層と「安すぎる」層の割合が理論上釣り合う価格にすぎず、そこに検討内顧客が最も多く存在する保証はありません。実際、検討内顧客割合の曲線はOPP付近で必ずしも山を作るとは限らず、ずれた位置に最大点が来ることもあります。一点だけを見て価格を固定するより、割合が最大化する帯を先に特定し、その帯の中でコストや競合との位置関係を後から検討する順番の方が、判断の手戻りは小さくなるはずです。
PSMの標準版には、表明選好しか測れないという限界がついて回ります。受容価格帯は分かっても、実際の購入率までは予測できません。
1993年、Newton、Miller、Smithの3名は、「安い」価格での購入意向と「高い」価格での購入意向を5段階評価で追加質問する形にPSMを拡張しました。これにより、価格受容性データを需要曲線・収益曲線に変換し、収益最大化価格や、市場シェア最大化と収益最大化のトレードオフを可視化できるようになります。
これは表明選好の枠組みの中での改良であって、顕示選好そのものを測っているわけではない点に注意してください。あくまで「口で言った価格」の解像度を上げる補正だと私は理解しています。
PSMのデメリットとしてよく挙げられる項目は、実はすべて「表明選好しか測れない」という一点から派生しています。整理し直すと3つに分かれます。
表明選好だから構造的に起きること(設計を工夫しても消えない):
設計で影響を減らせること:
PSMでは原理的に埋まらないこと(他の分析を足すしかない):
推奨されるのは、価格帯が未確定の新製品、競合が少ない市場、顧客数が限定的なBtoB商品、既存商品の値上げ・値下げの影響度測定です。逆に、競合が多い成熟市場、プレミアムブランド・高級品、まったく前例のない革新的製品、住宅・自動車など超高額商品には向きません。
仮想バイアスという言葉は抽象的に聞こえますが、起きていることは単純です。回答者は財布からお金を出さずに価格を答えているため、「高すぎて買えない」と申告した価格でも、実際に目の前でその価格を提示されれば購入することがありますし、逆もまた起こり得ます。PSMが出す受容価格帯は、あくまで申告ベースの境界線であり、実売でのテスト販売や価格変更後の購入率データと突き合わせて初めて、その境界線が実市場でも機能するかどうかが分かる、という位置づけで扱うべきだと考えます。
PSMは「受容される価格帯」には答えますが、「収益を最大化する価格」には答えません。それを引き取るのが段階価格テスト(Gabor-Granger法)です。各回答者が支払う最大価格を段階的に尋ね、価格弾力性から収益最大化価格を算出します。実装は速く簡単ですが、価格上昇シナリオに限定され、既存製品にしか使えず、「価格ゲーム」であることが回答者に伝わりやすいという回答バイアスを抱えます。
PSMは「競合や非価格属性を含めた選好」にも答えません。それを引き取るのがコンジョイント分析です。価格と品質・ブランド・機能などの非価格属性を組み合わせ、競合を含む選択シナリオの中で顧客選好を測定できます。分析能力は高い一方、実装は複雑でコストも高く、専門知識が要ります。
3手法のうち、市場が受容可能な価格帯そのものが不明な段階ではPSM、収益最大化価格を素早く見たいならGabor-Granger、競合を含む複雑な価格設定を検討する段階ではコンジョイント分析、という順で使い分けるのが実務的だと考えています。どの手法をいつ選ぶかの詳細は価格調査の選び方にまとめています。
以下は公開情報からの二次分析であり、数値は出典に基づく例示として読んでください。
SurveyMonkeyは、アンケート配信ツールの価格変更にあたり、顧客セグメンテーション・質的インタビュー・PSM分析を組み合わせ、顧客数と売上の増加につなげたとされています。ある動画配信サービスは、PSM分析で価格帯を把握したうえで複数プランを設定し、新規加入者増加と解約率削減を実現したと報告されています。競合のいない新ジャンル商品では、PSM分析で許容可能価格帯(3,000〜5,000円)を把握し妥協価格4,000円で設定したところ、限定地域販売で想定を上回る販売数を達成し全国展開に至った例があります。既存主力商品の価格見直しでは、受容価格帯7,000〜9,000円を把握し、一時的に理想価格7,500円で販売した後9,000円に設定し、販売数が継続して伸びた例も報告されています。食品カテゴリでは、理想価格が妥協価格より高くなる傾向が見られ、ワンランク上の付加価値商品開発のヒントになったという分析もあります。
これらの事例に共通するのは、PSMの出力がそのまま最終価格になっているわけではなく、複数プラン設計や限定地域での実売テストなど、何らかの検証ステップを挟んでから本格展開に進んでいる点です。PSMが示す「きれいな交点」は、次の検証に進むための仮説であって、検証を飛ばして良い理由にはならないと読むのが妥当だと考えます。
ここまでの整理を、値付け判断の一つの型として組み直します。
OPPという単一点をそのまま価格に採用すべきではないと考えます。代わりに、次の3枚を重ねたうえで価格候補を置くのが妥当だというのが本稿の立場です。
この3枚が重なる領域の中で価格候補を検討すべきであり、いずれか1枚だけで決めるのは早計だと考えます。
また、前例のない商材や、競合が過多な成熟市場では、そもそもPSMを最初に回す必要はないはずです。表明選好そのものが成立しにくい(価格イメージがない)か、PSMが原理的に答えられない問い(競合の位置)が支配的だからです。こうした場面では、コンジョイント分析や実売でのテスト販売から入るべきだと考えています。
ただし、これはあくまで一つの運用方針の提案です。実市場でのテスト販売の結果によって覆されるなら、この手順ごと見直されるべきものです。PSMは、その手順を検証するための最初の一手として使うものであり、検証を省略する理由にはなりません。
本記事はネクサフローのAI研究シリーズの一部です。