ある価格表に、ほとんど誰も選ばない3つ目のプランを置きます。それだけで、隣のプランを選ぶ人の割合が変わることがあります。選ばれない選択肢が、なぜ選ばれる選択肢の選ばれ方を動かすのでしょうか。
私はこの現象を使って、デコイを価格表に「足す」ことは勧めません。先にターゲットプランと価値軸を決め、その結果として用途の狭い上位プランが自然にデコイの役割を担うのは健全だと考えていますが、選択率を動かす目的で「選ばれないプラン」を設計するのは、検証コストと価格表全体の信頼リスクに見合わないというのが私の判断です。
この立場は、3段階価格の役割設計を扱った記事でも一貫させてきたつもりです。中間プランを主役に決めた後で、上位プランが自然に用途限定のプランになるのは支持しても、それを選択率のために先に作ることは勧めていません。ただし、この現象がどれだけ実験室の外でも再現するかまでは、私自身が検証できているわけではありません。以下の機構の説明は、その条件付きのものとして読んでください。
本記事では、非対称優越と呼ばれる機構、デコイと呼べる配置の条件、デコイのふりをしたダミーの見分け方、そして効く場面と検証の視点に絞って整理します。
選択肢が2つしかないとき、顧客は「安いが足りない」か「高いが多すぎる」かで迷いやすくなります。比べる軸が価格と価値の2つしかなく、どちらを優先すべきかの手がかりがないからです。
ここに3つ目の選択肢が入ると、判断の軸がはっきりすることがあります。行動科学の意思決定研究では、この配置を非対称優越(asymmetric dominance)と呼ぶことがあります。定義はシンプルです。3つ目の選択肢が、ターゲットには全ての軸で劣り、競合の選択肢には劣らない、という非対称な優劣関係を作れているかどうかです。
具体的に見てみます。
| プラン | 価格帯 | 主な価値 | 役割 |
|---|---|---|---|
| Lite | 低 | 最低限の利用枠 | 競合 |
| Standard | 中 | 多くの顧客に必要な機能を含む | ターゲット |
| Standard Plus | やや高 | Standardとほぼ同じ機能に、専任サポートを追加 | デコイ |
Standard Plus は、Standard に対して「価格は高いが、専任サポート以外の価値は増えていない」という劣位を持ちます。一方、Lite に対しては同じ劣位を持ちません。Liteにはそもそも専任サポートという比較軸自体が存在しないからです。この非対称な優劣関係があるとき、顧客の判断は「専任サポートが必要かどうか」という一点に絞られます。専任サポートが不要なら、Standardで十分だと即座に言えるからです。
デコイとダミーの境界
デコイは、選ばれる割合がどれだけ小さくても、専任サポートが必要な顧客には合理的に選ばれる理由がある選択肢です。ダミーは、その理由を一文で言えない、価格を高く見せるためだけに置かれた選択肢です。以後、この記事ではこの2つを区別して使います。
この非対称な優劣関係が机上で成立していることと、それが実際の顧客の判断を動かすことは別の話です。
Huber, Payne & Puto (1982) の非対称優越効果の実験以来、行動科学で繰り返し報告されてきました。ただし、実務の価格表がそのまま実験室と同じ条件になっているとは限りません。実験の参加者は限られた時間で3つの選択肢だけを見せられますが、実際の顧客は、営業担当の説明、口コミ、競合の価格表など、はるかに多くの情報を同時に見ています。実験室で報告されてきたほどの効果を、そのまま自社の価格表に期待しないほうが安全だというのが私の受け止め方です。端数価格の効果量をメタ分析で疑った記事で書いたのと、同じ姿勢です。
もうひとつ、見落としやすい境界があります。非対称優越が動かすのは、複数の価値軸で迷っている顧客の判断だけです。すでに専任サポートが必要だと決めている顧客にも、逆に不要だと決めている顧客にも、Standard Plusがあってもなくても選択は変わりません。デコイが効くのは顧客が迷っている区間だけで、決め切っている顧客には効かない。これが、この機構でいちばん大事な境界だと考えています。
デコイを設計するときの順番は、デコイから決めることではありません。ターゲット、競合、デコイの順に、次の4つを先に固定します。
この4つが曖昧なまま3つ目のプランを足しても、非対称優越の配置は作れません。ターゲットの価値軸が決まっていなければ、デコイが「全ての軸で劣っている」かどうかも判定できないからです。
対象顧客と価値軸が固まったら、デコイの置き場所は2通りです。ターゲットを中位に置き、上位プランを用途限定のデコイにする形と、ターゲットを上位に置き、中位プランを用途限定のデコイにする形です。中間プランを主役にしたいなら前者、上位プランの価値を伝えたいなら後者になります。ただし後者は、中位プランを不自然に弱く見せがちです。上位プランに含める運用価値を具体的に書くことで、この不自然さを避けられます。同じ考え方は、数量や容量の段差にも当てはまります。
どちらの形でも、デコイに割り当てる機能は、Simon-Kucherが提唱するLeader-Filler-Killer分類でいう「Filler」に近い位置づけになります。LFKフレームワークを扱った別記事で整理した通り、Fillerは「あれば嬉しいが、それだけでは買わない」機能です。デコイに機能を足すときは、ターゲットプランのLeaderに手を触れず、Fillerだけを積む形にすると、非対称優越の配置が崩れにくくなります。逆に、デコイにLeaderを混ぜてしまうと、ターゲットプランを選ぶ理由そのものが揺らぎます。デコイは、単独の心理テクニックというより、パッケージ設計全体の一部として決まるものです。
デコイが効くかどうかは、実質ひとつの問いに畳み込めます。顧客は、複数の価値軸で迷っているか、です。
| 迷いが起きやすい場面 | 迷いが起きにくい場面 |
|---|---|
| 利用量、機能、サポートの差が分かれている | 価格だけで選ばれる消耗品 |
| 下位プランでは一部の顧客に不足が出る | 顧客がすでに購入内容を強く決めている |
| 顧客が社内で選択理由を説明する必要がある | 高額で個別見積が中心の商材 |
後者にあたる場面では、非対称優越よりも、価格の透明性や見積の分かりやすさを優先したほうが実務的です。
BtoB SaaSでは、この問いがもう一段複雑になります。迷っているのが1人ではなく、購買担当、利用部門、経理、決裁者という複数の関与者だからです。ある関与者にとって非対称優越が成立していても、決裁者は総額や契約条件という別の基準で決めていることがあります。BtoBでは、選択肢の並びだけに頼らず、関与者ごとに何を基準に決めているかを補助的に確認したほうが安全です。
金融、医療、教育、生活必需品に近い商材では、もう一段慎重になったほうがよいと考えています。非対称優越を使った価格表が顧客の判断に与える影響を、営業担当者だけで決めるのではなく、カスタマーサクセス、経理、契約担当など複数の視点で確認したうえで反映する。この一手間を惜しまないことが、規制業種や生活に近い商材での価格表では重要です。
デコイを入れた後は、ターゲットプランの選択率だけを見ないようにします。選択率が上がっても、顧客が合わないプランを選んでいれば、後で解約や問い合わせが増えるからです。プラン別の選択率と同時に、平均契約単価、問い合わせの内容、契約後のプラン変更相談、解約理由を見ます。とくにプラン変更と解約は、非対称優越が判断を助けたのか、押し込んだだけだったのかを分ける指標です。選択率が動いた直後ではなく、契約後しばらく経ってから確認したほうが実態に近づきます。
検証するときは、端数価格の検証と同じ注意が要ります。選択肢の並びと価格の末尾を同時に動かすと、どちらの変化が選択率を動かしたのか切り分けられなくなります。変える要素は1つに絞ります。
ここまでの内容は、デコイをどう足すかではなく、デコイをどう見分けるかの話に読み替えられます。
今の価格表にあるプランを、ひとつずつ並べてみてください。それぞれについて、「このプランを選ぶ顧客は、他のプランではなく、なぜこれを選ぶのか」を一文で書けるかどうかを見ます。書けるプランは、選ばれる割合がどれだけ小さくても、デコイとして機能しています。書けないプラン、あるいは「上位プランを選ばせるため」としか書けないプランは、デコイではなくダミーです。
私は、価格表にダミーを見つけたら、デコイとして活かす方向ではなく、削るか対象顧客を絞り直す方向で直すべきだと考えています。非対称優越という配置は、ターゲットと価値軸を先に決めた結果として生まれるものであり、選択率を動かす目的で後から足すものではない。これが、本記事を通じての私の立場です。